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【短編小説】回転遊歩道の都市伝説

見知らぬこの街に来て3か月ほどだが、俺がよく行くスーパーの横には
川沿いの小さな遊歩道がある。この場所を回転遊歩道と俺は勝手に名つけた。というのも、この遊歩道では、回転するものを、やたらと目にするか
らである。

遊歩道は大通りに面しているが、大通り沿いの電線にハトの大群が止まっ
てる。ヒッチコックの「鳥」という映画を思わせるようなハトの数なのだ。
10メートルくらいの間隔に、多い時には百羽近くは止まってる。

遊歩道の真上の空をブルーインパルスのように、数十羽のハトが群れをな
して旋回してるのを見た。ハトの群れは何度が旋回すると、電線に戻るの
だが、別のハトの群れがすぐに飛び立って、くるり、くるりと回るのだ。

回転をするのはハトだけではない。回転自転車おじさんと俺が呼ぶ人がいて、遊歩道にある踊り場みたいな狭い場所で、自転車に乗って、ゆるりと、回転している。遊歩道を散歩する時に見かけるのだが、なぜ、そんなこと
をしているのかは不明である。

遊歩道のあずま屋の横にある芝生では、回転している若い人を週末などによく見かける。あれはブレイクダンスというものだろうか。何人もの若者がコマのように回転してる。


ある晴れた日曜の昼下がり、遊歩道を散歩してると、あずま屋のベンチに
塾で教えている中学生の男子が女の子と並んで座っていた。

「コータじゃないか、なんだ、デート中なのか」と声をかけると
「先生、違うよ、隣にいるのは妹だよ」
「お前と違って可愛いな。兄ちゃんに似なくて良かったな」
「先生、酷いな。妹は走るのが得意なんだよ、マラソン大会で3位になった」
「そうか。凄いな。ところで、お前の家はここから近いの」
「うん。すぐ、近くだよ」
「この遊歩道って、回ってるものをよく見かけるな」
「回るといえば、先生は、この遊歩道の言い伝えを知ってる」
「なんだよ、言い伝えって、知らないな」
「このあたりでは有名だよ。言い伝えと言うのは
 この遊歩道を1日に10周は回ってはいけないという戒め」
「へー、言い伝えを破って1日に10周回るとどうなるの」
「その人に、災いが降りかかるって。気が狂った人もいるとか」
「都市伝説みたいな話だな」

話が長くなりそうなので、俺はその話は打ち切って、その場を後にした。
中学生って、こういう話が好きだよなと思いながら、散歩を続けた。
授業の合間に、恐い話をすると、生徒は興味深々で耳を澄まし聞いてくる。


夏が終わって秋の風が吹き始めたころ。                   

スーパで買い物をした後、だだっ広い駐車所の端にある柵から        
遊歩道のほうを眺めてると、お年寄りや犬を連れた人などの姿が見えた。
ゆったりと時間の流れるのどかな風景に、気持ちが凪いでいくようだった。

夕暮れ時になり、人々の姿が消えて、誰もいなくなったと思うと
白の体操着に赤いブルマーの女の子が1人で遊歩道を走りだした。
リズムよく走って、一定のペースで遊歩道を回っていた。
ランニングに無知な人から見ても、いい走り方なのは分かった。
この走り方は、マラソン大会に出るための練習かもしれない。
そのとき、ふと、生徒から聞いた都市伝説のような話を思い出した。
このペースだと10周はすぐ超えるな、もう、何週目くらいだろう。

そんなことを考えながら、女の子の方に目をやると、それまで
遊歩道を順調に走っていた女の子が、途中でぴたっと走るのをとめた。
そして、後ろに尻もちをつき、そのまま、背中までつけ仰向けになった。
それから女の子はまったく動かない。棒のように固まってるように見えた。
何分たったのだろうか、これはまずいかもと、女の子の様子を見に行こうと
思っていたら、女の子はすくっと立ち上がり、また、走り始めた。           
なんだ、ただ、休んでいただけか、都市伝説みたいなことが起こるわけないか。安心すると、お腹が減っているのに気づき、俺は急いで家に帰ることにした。

翌日、塾で授業をしたが、いつもいるコータの姿がなかった。
授業が終わってからコータの友達に
「コータは休んでるけど、どうしてか知ってる」と聞いた。
「先生、コータは妹が亡くなったんだ。みんな、びっくりしてるけど、
マラソンの練習中に倒れたみたい。近くの遊歩道で冷たくなっていたって」
俺には返す言葉がなかった。

(おわり)

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