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【百物語】不幸の自動販売機

 高校まで過ごした街に、実にいやな感じのする自動販売機があった。住宅地を東西に伸びる比較的車通りの多い市道の脇に、それはぽつんとあった。それ自体は何の変哲のないジュースの自動販売機なのだけど、ならぶジュースのメーカーがばらばらで、どこかうらびれた雰囲気があった。市道はその前でゆるやかなカーブを描いていて、よく自動車の事故があった。
 高校からの帰り道から外れていたのだけど、親しくしていた同級生の家が付近にあり、帰宅時に一緒になると、その道を通って、同級生と別れた後、一人でその自動販売機の前を通りかかるのだった。カーブにはなっているけど、道路自体は見通しがよく、どうして事故が起きるのかはわからなかった。しいていえば、街灯がなく、夜にはずいぶんと暗く感じられた。まわりには何もなくて、だからどうしてそんな場所にジュースの自動販売機なんてあったのか今から考えてもわからない。付近の住民もずいぶん薄気味悪く思わっていたようで、「呪いの自販機」などと呼んでいるのを、同級生の口からきいたことがある。はたしてそれらの事故が呪いによるものだったのかどうかはわからないけど、誰かがジュースを買っているのを、ついぞ見たことはなかった。
 自動販売機は僕がその街を出た次の年に、唐突に撤去されたらしい。同級生との電話で教えてもらった。どけた後には、黒い、まるで血のようなものがかたまっていたのだという。ほんとうなのかどうかはわからない。
 ところで、自分でも信じがたいのだけど、一度だけその自動販売機で缶ジュースを買ったことがあるのだ。
 高三の夏の、夕方のことだった。とても暑い日で、とても喉が渇いていたのだと思う。あまり考えもせずに硬貨を投入して、ボタンを押したのだった。ゴトリとジュースが取り出し口に落ちる音がして、手を入れると、何か「ぬめっ」としたものに触れた。びっくりして手を引いて、取り出し口を見ると、白い手が奥から突き出て、ジュースを掴んでいた。
 男性なのか女性なのかわからないけど、いやに白い手だった。それが一度ひらりと手のひらを返して、それからするりと奥に吸い込まれた。
 もう取り出し口に手を入れることなど考えられなくて、そのままその場を離れたものだった。
 今考えても、あれが何だったのかわからないけど、触れた瞬間のあの手の冷たい感触ははっきりとおぼえている。



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