グルジア発『アラサー女子の幸福論』Vol.4

 ヴィンセントに会ったのは、そんな憂鬱から始まった1日の昼下がり。流れの早い川をもっと近くで見ようと土手をおりた矢先に雨が降り始め、服も靴も、1ミリ残さず、ずぶ濡れだった。温かいものが飲みたくて、ビールの看板をぶら下げた小さなカフェに入ると、片言のグルジア語で温かい珈琲とチョコレートをオーダーした。ほっと一息ついていたところに、声をかけてくれたのが彼だった。プロヴァンス出身の陽気なフランス人で、日本に8年住んだらしく、片言の日本語を話す。丸の内のオフィスでシステム・エンジニアとして働いていたが、忙しさのあまり体調を壊し、仕事を辞めて旅に出たという。それから5年間、世界を漂流している。ウィットにとんだファニー・ガイで、昔はさぞもてたに違いない。前にせり出したお腹と、年齢にしては禿げ上がった頭が、彼を3枚目役にしていた。どこかしら、人を引きつける魅力があり、人と人をつなぐハブの役割を無意識に担っている。

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 「同宿のイスラエル人カップルが車を持っていて、明日一緒にウシュグリに行く予定なんだ。良かったら君も合流しないか」と、ヴィンセントが軽い調子で私にいった。すっかりメスティア嫌いになっていた私は、明日にでもグルジアの首都・トビリシへ向かう予定だったが、思いがけぬ提案に心が動いた。

 日本では大抵、小さい頃から「知らない人についていってはいけません」と言われて育つ。2年前、タクシーがどうしても捕まらず、試しにヒッチハイクを試みたことがある。5分もしないうちに白いクーペが止まってくれた。運転していたのは40代の証券会社勤務風のサラリーマン。そこから10分ほどの溝の口駅まで送ってもらった。それを周りに誇らしげに吹聴していたら、「危機意識が低すぎる」とことごとく周囲に怒られてしまった。何が起こるかわからない世の中、自分のシェルターに侵入してくる異物を遮断し、自分を守ることは必要だ。が、ガードが固すぎると、偶発性の化学反応は起こりえず、日常は、戒律の厳しい女子高校のように、不必要に清廉潔白で味気ない。旅においても同様で、他人とどこまで関わりを持つかの境界線の引き方は、旅を安全に面白いものにするために非常に重要だ。なにより一人旅に出るような人は、自分の時間を大切にする。「一緒にいたくない人と時間を過ごすくらいなら、孤独の方がまし」と思うこともある。今回は偶然の出会いを信じて、彼らと行動を共にすることにした。迷った時は、心の中で問いかけてみるに限る。

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