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何度目かの再読、山口路子『うっかり人生がすぎてしまいそうなあなたへ』

さわやかに晴れわたった日曜の朝に読む本では決してないと思うけど、久々に読み返したくなり開いた山口路子先生の『うっかり人生がすぎてしまいそうなあなたへ』。  もう何度も読み返している大切な本。

久しぶりにページをくると、2年前の自分が残した痕跡があった。

本文に引用されている須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』の一節に、改めてハッとする。  

「そうだった。私は『うっかり人生がすぎてしまう』のが嫌だったのだ。女として、ただ老化するに身をまかせるのも、緊張感を失った馴れ合いの男女関係も、習慣を言い訳にして一日一日をひたすら消化してゆくような生活も、嫌だった。
そこには自分の足で、自分の選んだ道を歩いている実感がない。意識しないところで、時間だけが確実にすぎてゆく。そこでの主人公は、無表情な「時間」であり、自分自身ではない。私はそれが嫌で、立ち止まってみたり、あがいてみたり、しているのかもしれない。」

「うっかり人生がすぎてしまう」のを嫌だとも思わない、気付かない魂だったら、それはそれで平和でしあわせな人生だったかもしれない。 

だけど、どんなに苦しくても、そうでなくてよかったと思う。

どうか、今の気持ちを忘れませんように。

(2015.11.29)

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