グルジア発『アラサー女子の幸福論』Vol.5

 翌日は、その前日とうって変わって、旅の中でも最高に美しい日となった。鮮やかに晴れた空は、ペルシャン・ブルーに光り、輝かしい未来が待っている気がする。嫌なことがたくさんあった日本にも、この青空が続いているとは信じがたい。ウシュグリまではジープで2時間半。前日の雨で道はぬかるみ、スピードを出せばタイヤが泥にはまる悪路だった。そんなことは気にならないほど、私は高揚していた。         

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 我々は世間話をしながら、遠くに見える氷河に向かって山道を歩き始めた。

「将来の見通しがたたないの」私はそれまで胸に秘めていた気持ちを、突然ヴィンセントに打ち明けたくなった。

ヴィンセントは少し驚いた様子で、片眉を上げて言った。

「僕も同じような気持ちで旅に出た。5年経った今、ますますわからなくなっているよ」

「幸せに暮らしたい」

「それは簡単だよ。今日という日を見てごらん」

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私はそこで考えるのを辞めた。「What's your dream?」「What’s your vision?」日本でも、旅先でも、無造作に聞かれるたびに、私は無口になる。が、何ひとつ曇りのない美しく平和な日には、そんな問いは無意味に思えた。

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 道すがら、地面に座り、自家製ワインとチャチャ(葡萄から作った蒸留酒)で酒盛りをしている地元民の集団に出会った。グルジア北部の山岳地方は、別名スワネティ地方と呼ぶ。住人がスワネティを心底愛していることは、会話の中で「スワネティ」という単語が何度も出てくることや、その地に伝わる民謡を歌う時の誇り高い表情からも伝わる。グルジア特有の塩辛いチーズと、野性味溢れる肉の塊を3杯の自家製ワインで流し込み、帰路に備えてエネルギーをつけた。暗い山道を下るのは危険なため、急いで戻らなくてはならない。

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 なんとかメスティアに着く頃、その時を待っていたかのように、太陽が沈んだ。ホームステイ先の家族に告げた予定帰着時刻をとうに過ぎ、すでに20時を過ぎていた。おそるおそる家に帰ると、ホスト・マザーのナジが心配そうな顔で迎えてくれる。パパは時計を指さしながら、「遅いじゃないか!」とやや怒り気味の様子。この日はもともとの大家族にゲスト4人が加わり、食卓は更に賑やかだった。既に始まっていた食事の遅れを取り戻そうと、急ピッチで飲んだ自家製ワインとチャチャのおかげで、冷えた身体がどんどん暖まっていく。ナジが、私のためにとっておいてくれたスープを出してくれた。じゃがいもと骨付きの鶏肉に、香草がたっぷり入ったコンソメスープ。一気に飲み干すと、嬉しそうにすぐにおかわりを注いでくれる。ナジの「9割は優しさでできた」笑顔を見ていると、私まで幸せな気分になる。

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 その瞬間、昼間の命題「What’s your dream?」に対する答えが閃いた。成功したい、有名になりたい、人に尊敬されたい……そんなことじゃない。私が望んでいたのは、何よりも人間のあたたかみと、平凡な幸せだった。「答えなんて無理に探さなくていい。」「もっと自然に生きなさいな。」グルジアの大家族と、一杯の温かいスープが教えてくれた。

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