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幼少期からピアノを習う弊害

20年近くピアノレッスンを続けて、発見したことを書く。

ピアノを教えていると、1人の生徒と10年以上の関わりになることも珍しくない。例えば5歳から15歳まで。これを繰り返すことで、様々な発達段階を身近で観察出来る。そして当初考えていたことは、経験を通しかなり変わった。そのひとつが、あまりにも幼少期からピアノを習っても、大半の生徒にはそれ程メリットはなく、むしろ早過ぎることで、弊害も色々あるということだ。

もちろん例外はある。3、4歳でも本人が並々ならぬ関心を持っていたり、両親が音楽家に育てたいというような場合だ。けれども、単なる憧れや、思いつきや、本人の嗜好を無視した親の意向などで習う場合、例えある程度続いたとしても、10歳になる頃には、7、8歳で始めた意欲的な生徒の方が上達している場合が多い。本人のやりたい気持ちが最高潮に達した時に始めるのが、一番効果的なのだ。

基本的に楽器のレッスンは繰り返しを伴う。繰り返すことによって上達していくのだが、それを楽しいと感じるか、苦痛と感じるかは、個人の性格もさることながら、年齢も関係しているのは間違いない。一般的に言って、3、4歳でこれが大好きになる子は少数派である。

様々な音楽教室が、簡単なソルフェージュや、お遊戯をしながら音楽に親しむクラスを売り出しているので、そちらの方なら大概の子は苦痛はないだろう。それらは後々、本格的に楽器を習得したくなった時、無駄にはならない。例え遊び半分でも、音感、リズム感は多少身についているからだ。しかし、楽器の習得はそれ相応の勉強と根気が要求されるものなので、そこで楽しかったからといって、楽器に向いているかと言えば、それは別問題だ。基本的に、ソルフェージュやリトミックを提供する幼児教室と、音楽理論や奏法を学ぶ教室は別物なのだ。

では、小さ過ぎる頃から無理矢理ピアノを習う場合、どんな弊害があるかを考えてみる。すぐやめてしまったり、音楽嫌いになってしまったりというのは言わずもがなである。もう少し専門的な部分を挙げたいと思う。

ひとつは、読譜力が疎かになる部分。まず、3歳で、抽象的な記号が音の高低、音価などを表している、という概念が理解できる子は天才の部類だと思う。音、リズムをバラしたらなんとなく理解できたとしても、それらを統合して頭の中で組み合わせ、指の運動機能で再現するには、平均6歳くらいまで待たなくてはならない。そのため大抵は、理論的に説明するというより、感覚的に真似て弾くところからスタートする。最初にどのように音楽を捉えるかというのは意外と習慣化し、その後本格的に読譜を勉強し始める年齢になっても、何でも感覚で捉えてしまい、なかなか理論的な勉強が進まなかったりする。もちろん音楽は感覚で感じるものではあるけれども、ある程度のレベルを専門性を持って目指す場合、理論的な勉強は不可欠である。

10歳以降でピアノを始める場合、ほぼ必ず高度な読譜力が身につく。これは理論的に理解できる年齢になってから始めたためで、初見能力が高くなるのも、むしろ高学年くらいでピアノを始めた生徒だったりするのだ。こういう訳で、読譜力という点から言うと、低年齢でピアノを開始するメリットは、特殊な例外を除くと、無いように思う。

次にテクニックの観点から。低年齢で始めることのメリットは、より高度なテクニックが容易く身につくことだと考える人もいる。これはやり方を間違えると、逆効果になる。

まず、人間の身体は10代後半にならないと完成しないという事実がある。例えどんな素晴らしいテクニックを身につけたとしても、4歳でロマン派の音域の広い曲を弾くのは、手の大きさからして不可能だし、無理をすれば滅茶苦茶な手の使い方が癖になってしまう。発達に合った、無理のないテクニック習得が、後々自在に手を使える基礎になるのだ。何かの音楽本に、小さい頃、難しい曲ばかり弾かされた場合、大人になっても力が入り過ぎる癖が直らないと書いてあったが、これは一理あると思う。

もし、まだまだ手は小さいけれど、かなりのテクニックがあり、子ども用の小曲では全然物足りないと言う場合、バッハがお勧め。インヴェンションでも、平均律でも、挑戦すると良いと思う。ここでオクターブ以上がガンガン出てくる、広い音域のロマン派を持って来たりすると、無駄な力を入れて弾く癖が付いてしまう可能性がある。モーツァルトも、音が詰まっているので手の大きい大人には弾きにくいが、小さい手にはお勧めだ。子どものうちに、たくさん古典ソナタを弾いてしまうのだ。ショパンやリストは後に取っておく。

こう言う訳で、あまりにも小さい頃からピアノを始めても、そもそも身体がピアノを弾く発達段階に達していないため、無理に弾き続けた結果、手の使い方に妙な癖がついてしまうことがある。発達は個人差があるため、特に低年齢のうちは、コンクールなどでも体格の良い子が有利になりがちだが、長い目で見ると、個人の成長に合わせて始めた方が上達する。ピアノの先生は何百人もの手を見ているので、それぞれに合ったアドバイスしてくれるはず。

何でも早ければ早いほど良いというものではない。何事にも適切な時期があり、それを見定めるのが大事で、楽器も同じ。



 

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