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クラシックピアノの読譜で大切なこと 運指の重要性

ここで言うクラシックピアノとは、クラシックピアノ奏法を指す。つまり、楽譜を読み込み、忠実に再現する弾き方という意味で、他ジャンルの音楽でも構わない。ただ、クラシックジャンルの楽曲の方がより指の独立した動きを求められるので、運指も一層重要ととなる。

読譜をする際、絶対に侮ってはいけないプロセスがある。それは指使いを熟考し、しっかり決めることだ。大抵のクラシック教本や出版社から出ている誰もが弾くような楽譜は、運指が明記されているので、これが最も重要なプロセスとは気づきにくい。

しかし、全く運指が載っていない楽譜を譜読みするとき、その大切さが理解出来る。また、同じ曲でも編纂者などが異なり指使いも違う楽譜を見て弾くと、途端に混乱し、上手く弾けなくなったという経験もあるかと思う。そのくらい、あらゆる演奏技術の土台となるものなのだ。

まず、運指が付されている楽譜の場合、なんとなく弾きにくいという理由のみで、やたら滅多に変更しない方が良い。それらはプロ中のプロが考案した運指であり、テクニック的な部分のみならず、フレージング、アーティキュレーション、テンポなど全て考慮された上で書かれているものだからだ。

もちろん、変更した方が良い場合もある。例えば手が小さいために不可能であったり、非常に負担がかかってしまうようなとき、フレージングそのものを自分の解釈で変えたいとき、今の自分のテクニックでは無理があるが、どうしても弾きたいあるいは弾かなければならないようなとき(例えば職業的にピアノを弾く人は何の指でもトリルは出来るが、趣味でのんびり弾いている場合、トリルは2と3しかし使えないかもしれない)。

先生に習っている場合、運指で問題が出たら相談してみると良い。運指はハノンなどのメカニックな練習からだけでなく、様々な楽曲を弾いていくことで経験的に体得していく部分も多い。なので長年広範囲の曲を弾いている人ほど、それぞれに合った運指を何パターンも即座に考えられる。また前後の繋がりも重要なので、全体の流れの中で違和感なく収まるか、という点もチェックしてくれるはずだ。このとき手の大きさが足りないにもかかわらず、ひたすら楽譜通りの指使いを強要し、リズム練習で弾けるようにしなさいなどと言ってくる先生は、お勧めしない。運指は全ての土台なので、合わない運指のままいくらリズム練習したところで、手に負担がかかるだけである。運指が適切ならば、数回弾くだけで手に馴染み、無駄に練習しなくても弾けてしまうものだ。

まだ小学生くらいで手が小さい場合、単にばりばり弾けるからといって、オクターブも届かないうちからロマン派の技巧的な曲を無理矢理弾くことはお勧めしない。届かない音域を無理に弾こうとすると必然的に力が入ってしまい、妙な癖が付いてしまいがちだからだ。小さい手でも弾ける、音楽性豊かな楽曲はたくさんある。例えばバッハ。インヴェンションにも平均律にもフランス組曲にも、小さい手で弾ける素晴らしい名曲がある。また、邦人作曲家による近現代の小曲集も多数出版されているので、現代的な響きを経験したい小学生にはお勧めだ。大人が弾いても楽しめるものも多数ある。

次に、運指がない楽譜に取り組む場合の話。その人の演奏レベルにもよるが、単純で簡単な曲の場合、わざわざ記入はしないかと思う。また、古典的な楽曲の場合、部分的に書き込むくらいで済んでしまうこともある。ただし、一定レベルを超える楽曲の場合(その人にとって初見では弾けないくらい)、自分で運指を記入することが不可欠だ。特に複雑な現代曲や、込み入った速いパッセージの連続した曲などでは、絶対的に必要なプロセスで、これを抜かすといくら練習したところで大して上達しない。

運指はフレージングと密接に関わってくる。実際には、どう表現して弾きたいのかというイメージが先にあり、それを可能にする運指を探りながら決定していく。非常に地道で地味な作業であるけれど、個人的には一番好きな時間で、今この音楽を演奏するための土台を組み立てているのかと思うと、夢中になって熱中してしまう。

もしピアノ音楽を深く理解したいと考えるなら、一度全く運指のない楽譜を使って、全て指使いを書き込んでみるという作業がお勧めだ。慣れないうちは時間がかかるが、運指入りの楽譜を使う場合に比べて、何倍も頭を使って読譜することになる。単に弾きやすさだけを優先するとフレージングが崩れる部分が出てくるし、表現にはぴったりな指使いでも、技巧的にどうしても無理が生じる場合もある。何を犠牲にして何を優先するか。曲想やテンポ、全体の構造、アンサンブルならソロ楽器との兼ね合いも考慮しつつ、最良の指使いを決定する。これは必然的に、楽曲を分析し、自分の表現を決めるということになるのだ。

もちろん練習のプロセスで何度運指を変更しても良いのだが、出来るだけ最初の段階で時間をかけ、頻繁な変更をしないで済むようにしておく方が苦労が少なく効率的だ。変更するたびに新しい指使いを定着させる練習をやり直さなくてはならないし、本番などで変更した部分のミスをしやすくなる。集中力が途切れたほんの一瞬、変更前の指使いが復活してしまい、一旦違う指使いをすると、その後が崩壊する可能性もある。暗譜も忘れやすくなるし、練習全体で考えるとデメリットだらけである。

弾きたい曲を早く習得したいというのは、誰もが思うこと。それでも読譜の大切なプロセス、運指を端折ってはいけない。確実な土台があってこそ、完成度の高い演奏が出来る。また、一度完成させたものが時間と共に弾けなくなるというよくある状況も、運指を徹底してやっておくと防げる。

昔、運指は先生から弟子へと、門外不出で受け継がれてきたものでもあり、このことからもいかにピアノ演奏の真髄であるかが理解出来る。

手の指は10本しかないが、ピアノは88鍵。これを自在に操るには、相当な工夫が必要だ。その工夫について熟知しておく、つまり運指を丁寧にやることが、楽に効率よく弾く秘訣である。


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