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フランス盛期のフルート奏者 オトテール

桜も散り始めた土曜の夕方、フルート教室のおさらい会がありました。おさらい会とは、日頃のレッスンで取り組んでいるエチュードなどをソロもしくは先生との二重奏で、人前で吹く会です。ピアノ伴奏はなし。毎年開かれる8月の発表会で、いきなりの本番は緊張感が高いので、発表会の前に「人前で吹く、広い空間で吹く体験をしてみよう」という機会を設けてくださっています。
本日の会場は、約40人ほど入る、音楽演奏用ステージがあるレストランです。

今回は2月に納品となった新しいバロック・フルート(フラウト・トラヴェルソ)の人前デビューです。届いて2か月が経過し、楽器にも少し慣れてきました。
曲目はジャック・オトテールの『独奏フルートと通奏低音のための曲集 第1巻 作品2 第3組曲』から「アルマンド」、「サラバンド」、「ジーグ」の3楽章を先生と2重奏で演奏してみました。

会場がバロック・フルートにはちょうど良い広さだそうで、とてもよく音が響き気持ちよく吹けました。


さて、「ジャック・オトテールって、どんな人?」

ジャック・オトテール(1674-1763年)は、フランス盛期バロック音楽の作曲家・フルート奏者です。パリの管楽器職人の家庭に生まれました。イタリア・ローマ留学をしたことから、オトテール・ル・ロマンという愛称でも知られています。(ル・ロマンとはローマのこと)
バロック・フルートを勉強している人なら、絶対知っている人です。
フルート奏者としての才能に恵まれていたオトテールは、裕福に育ったボンボンで、親から宮廷での職位を得るための多額の資金を提供され、1705年に宮廷楽団「グランデキュリー」の一員となります。上流階級の間でフルートが人気となるきっかけを作った人です。

オトテールは宮廷の有力な貴族にフルートを教えていました。その一人が、オルレアン公フィリップ(1674~1723年)※です。
オルレアン公フィリップは大の音楽好きで、自分はイタリア音楽支持者であると公言し、館ではソナタやイタリア風カンタータなどのイタリア音楽を演奏させていたので、イタリア帰りのフルート奏者、オトテールとオルレアン公フィリップは趣味がよく合っていたと思われます。

※オルレアン公フィリップ:1715年のルイ14世の崩御により、5歳のルイ15世の摂政に就任した。政策以外では、パレ・ロワイヤルでサロンを開き、絵画の膨大なコレクション(オルレアン・コレクション)を所有していたが、フランス革命後に多くがロンドンで売られてしまった。ソルボンヌ大学の聴講を無料とし、王立図書館を公に開放するなど、教育を奨励した。(Wikipediaより)

オトテールの楽譜

『独奏フルートと通奏低音のための曲集』はフランス国王ルイ14世に献呈されています。その中の第1組曲「ロンドー」には、ずばり<オルレアン公>という標題がついています。表情記号が<陽気に>とあり、オルレアン公そのものと言われています。

Gay: 陽気に  Le Duc D'Orleans: オルレアン公


本日、演奏した同じ曲集の第三組曲に収められている「アルマンド」には<サン・クルーの滝>という標題がついています。サン・クルーはオルレアン公の宮殿があった場所で、滝とは「滝に見立てた大噴水」のことです。下降する音符は階段状の噴水をイメージしたもののようです。

階段状に下降する音符
La cascade de St. Cloud: サン・クルーの滝
サン・クルーの滝

この楽譜は、装飾音が懇切丁寧に楽譜に書かれています。その記号の説明もあり、装飾音を勉強する練習曲として教えていただいています。バロック・フルートの良いところは、トリルなどの装飾音です。モダン・フルートでこれらの装飾音を全て入れたらうるさすぎてとても聴けるものではありませんが、木製のバロック・フルートだと丸くこもった音がアクセントとして、とても耳に心地良いのです。

上段:装飾音の記号  下段:実際の吹き方
「印刷の時のゴミのように見えるかもしれませんが、ゴミではありません、見落とさないようによく見てね。」と、先生はおっしゃいます。


しかし、自分の演奏においては、装飾音に今ひとつ味がありません...。機械的っぽくなってしまい、「もっと会話をするようなイメージで」とアドバイスいただいています。また、フランス特有のイネガル奏法※も含めて、これはフランス語を勉強した方がいいのか?と思いましたが、いやいや今更会話を勉強するのも無理そうなので、まずはフランス映画を見るのがいいかなと。。。。

※イネガル奏法とは、バロック音楽および古典派音楽の時代に行われていた演奏手法である。記譜上では均等に書かれている2音の長さの一方を長く、一方を短く演奏する奏法である。単純な装飾法の一形式であり、簡素で角ばったリズム形に、優雅さや趣、ときには力強さを与える。この奏法は17世紀から18世紀にかけてフランスで確立し、また他のヨーロッパの国々にも浸透していった。(Wikipediaより)

オトテール型バロック・フルート

オトテール家は、管楽器工房として、独特の3分割の、いわゆるオトテール型バロックフルートを製作しました。製作年代は、1680-1715年頃です。
頭部管の先のヘッドキャップには、長く丸い頂華を持ち、足管は卵型をしています。頭部管と中部管との間のつなぎ部分には対称をなす飾りがあり、両方から寄り添う形をしています。高い装飾性は、緻密に描かれた絵画にも残され、独特のスタイルをしています。オトテールの曲を演奏するのには、やはりこの楽器が良いようです。先生曰く、装飾音のニュアンスや響きがよく伝わるのだそう。重厚感ある温かみを感じる音色です。先生に「この楽器が欲しいなあ」と言ったら、「オトテール以外の曲目には向かないし、装飾の象牙部分が多くて重いので、疲れますよ」とおっしゃられたので、重たいのが苦手な私には無理かもしれません。でもとっても素敵です。ぜひ聴いてみて欲しいです。

ちなみに今、古楽器として主に使われているフラウト・トラヴェルソは4分割です。下記参照


さて、突然ですが、アンクルバッハからクイズです

オトテールは上流階級にフルートを教えていましたが、1時間のレッスン代はいくらだったのでしょう?

  1. 労働者賃金の約7日分

  2. 労働者賃金の約20日分



答えは、2の「労働者賃金の20日分」です。

当時の上流階級の懐具合、庶民との格差がわかりますね。オトテールはフルート教師としての収入と、親から受け継いだ財産、結婚の際の新婦の持参金も加え、パリに複数の建物を所有する資産家になります。55歳で結婚し、6人の子供に恵まれて大往生を遂げます(88歳没)。音楽家としてはとても珍しく高い地位についた人でした。

参考文献:フランス・フルート奏者列伝/井上さつき著 音楽之友社


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