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書のための茶室(二):茶室見学・旧猪股邸

三尋木 崇(以下、崇):さて、茶室検討の参考に、今日は世田谷区の旧猪股邸にやってきました。

旧猪股邸入り口

崇:さっそく入ってみましょう。
山平 昌子(以下、昌):わあ・・綺麗なお庭!

庭の風景

根本 知(以下、知):こんな雪吊り、めったに見られないですね。
崇:今は雪吊りをできるところが少ないので、庭師さんにとっても数少ない練習の場所だそうですよ。
昌:ちょうど梅も満開で、極楽みたいですね。

3月初旬、梅も満開でした

知:一面遮るものがなく、絵画のようです。
崇:きれいな景色を堪能できる造りになっています。この住宅の注目ポイントの一つは、雨戸、硝子戸、網戸、障子戸と種類の異なる扉がすべて壁の中に引込むようになっていることです。そのため部屋の中から余計なものが視界に入らず、手入れの行き届いた庭を一望できる造りになっています。

引き戸がたくさん

崇:建具の種類が豊富なのは季節や時間によってさまざまな使い方ができるように工夫されているからです。景色は見たいけれど湿気は避けたい、光だけ欲しいなどなど、いろいろな要望に応えられる仕様です。その分敷居の数も多いですが、実際に室内から見たら全く気にならないのです。
知:網戸にしたり、障子を一部閉めたりすることで、いろいろな味わいを楽しめそうです。

知:こちらのお部屋はどうなっているのでしょう。ここからのお庭の眺めも良さそう・・。あれ・・?あの人は・・。
昌:なんかゴッホみたいな人がいますね。

あの後ろ姿は・・

昌:フランクさんではありませんか。
崇:私たちの茶友、フランクさんです。
フランクさん(以下、蘭):こんにちは。偶然ですね。

おや、こんにちは。

昌:ぜひ一緒に見学いたしましょう。

崇:茶室に行く前に、まずこの建物の全貌をご説明しましょう。

見取り図

崇:ここは、吉田五十八(よしだいそや)という人が設計した数寄屋建築です。五十八は数寄屋造りを近代数寄屋スタイルに深化させた有名な建築家です。
知:いそっぱ、と呼びかけたくなる字面ですね。
崇:ゲロッパ、みたいな。
昌:急に親しみが湧きます。

崇:昭和42年(1967年)の建築なので、50年くらい前ですね。
知:猪股さんはどういう人だったんでしょうか。
崇:資料によると、労務行政研究所の初代理事長・・とありますね。要するに、実業家だったのではないでしょうか。
知:先ほどちょうど、大正時代の実業家であり茶人だった高橋箒庵についての講義をして来たところなんです。その後の世代、ということなのでしょうね。

いそっぱ、と言っています

崇:今私たちがいるところが婦人室です。隣の部屋まるごと、いわゆるウォークインクローゼットです。
昌:いいなぁ。
崇:家全体は、庭に面した猪股さん夫妻のための「表の空間」と厨房やお風呂といった「裏の空間」で計画されています。きっちりと区分してあるのでお手伝いさんがいたのかもしれませんね。明快なプランニングです。

三尋木メモ:空間の使い分け

崇:さっきフランクさんとお会いした書斎は、奥の茶室とともに増築された部分のようですが、掘りこたつが作られており、季節で利用の仕方が変わる面白い造りになっています。南東の窓は、角を挟んで硝子が開くので庭との空間のつながりが非常に強く居心地のいい空間です。さきほどフランクさんが寛いでいらしたのも納得です。

ゲロッパ、と言っています

昌:素敵。ここも私たち夫婦の茶室に加えてもいいな。
崇:なんですか、それは。
昌:いい建築や建物は、自分のものと思って生きていくようにしています。国立博物館の茶室なんかも、そういう意味では私のものですね。自分で管理するのは大変なんで、国にやってもらってる、という感覚です。
崇:幸せに生きられる考え方ですね。

崇:書斎奥の茶室から見ていきましょう。一畳台目、今日庵や反故張りの席と同じサイズですね。小さいけれど明るい広く感じる茶室です。こちらの茶室は猪股さん達夫婦で使うプライベートなスペースだったそうです。

プライベート茶室

知:窓が多いですね。
崇:そうですね。手前座正面に風炉先窓として、下地窓と連子窓を上下に配置した色紙窓の形式で「亭主側の窓」を構成しています。「客側の窓」は、北壁に上下ともに下地窓を割と大きめに付けています。また中柱を挟んだ西壁は風炉先窓と同じ壁面の躙口の上に連子窓を設置しています。
昌:ほう・・
崇:釜の上部、化粧屋根裏天井には突出し窓が設置されており、上部からの光も取り入れています。現在は突出し窓内に照明を設置しているようで、日射に影響されない光取りにされています。

知:壁の模様も特徴的です。
崇:藁すさを土に練り込み塗上げて作る「藁すさ壁」をベースにデザインしたようですが、土壁の藁だけでなく、よく見るとデザインとしてわざと引っ掻き跡を入れていますね。また下には暦張りをしてあります。
知:それも壁を明るくする効果があるように感じます。
崇:暦張りは、帯や着物が土壁で汚れないように壁の下部分に暦の書かれた和紙を貼るのですが、昔は反故紙といって、手紙や書き損じの紙を再利用したりもしていました。

暦張り

知:天井の低さをあまり感じませんね。
崇:よくできた茶室なのでそう感じるのかもしれません。茶道口から見ていますので、化粧屋根裏の勾配の高いほうであり、天窓からの光を受けているのもそう感じる理由でしょう。
昌:水屋も広くて使いやすそうです。

崇:では大きい方の茶室に行ってみましょう。

長い廊下を抜けると・・
頚枩庵(けいしょうあん)

知:わあ・・こちらも開放的で明るい茶室ですね。
昌:ちょうど夕日がきれいな、いい時間に来ましたね。
崇:ここ頚枩庵(けいしょうあん)は、かなり開口部を大きく取っていることが特徴的です。屋根も平天井と掛込天井を組み合わせることで、リズムが生まれていますね。
蘭:少し見えづらいのですが、北東側の角の柱は楊枝柱といい下の部分は埋め込まれていて、部屋をより広く見せるための工夫がされているんです。

楊枝柱

知:壁の四角い模様は劣化によるものですか?
蘭:壁を土で塗ったところが、経年劣化で壁の中の柱が浮かんでくるんですね。作った時に、経年劣化を計算して作っているはずです。

教えてくださるフランクさん

昌:フランクさんは通りすがりのわりによく知ってますね。
崇:フランクさんは建築学校の先生ですよ。
昌:え、うそ。怖い。
崇:普段の職業を把握していない人結構いますものね。仕事と切り離された人と人の交流ができる茶友っていいですね。

崇:庭に周ってみましょう。

立派な中門

崇:屋根の作りがよく見えて面白いですよ。

屋根の作りもみどころ

崇:庭の植生や敷石も丁寧に作られています。

瓦の道

知:光悦垣も立派です。枯山水も面白い作りですね。

庭からのながめ

知:シンプルですっきりとして、明るさがとても気持ちのよい建物でした。エアコンの吹き出し口の隠し方や、梅をかたどったランプなど、細やかな気配りも素晴らしい。そして、前回お話した、書を順に見て行くという僕の欲しい茶室のようにも使える作りだということに気が付きました。
崇:ふふふ、そう考えてお連れしたのです。
昌:さすが〜。

昌:では、せっかくなので、成城アルプスでケーキでも食べて帰りましょ。
知:えっ・・・・・・・!
知:ケーキ!
昌:地元の人たちに愛されている老舗のケーキ屋さんだそうですよ。
知:おすすめはなんですか?モンブランあります?で、どのタイプ?ちなみに、僕の持論ではモンブランっていうのはまず、・・・・・・・(以下略)
昌:落ち着いて。さ、参りましょうか。
知:参りましょう!

今日の三尋木メモ1:プライベート茶室
今日の三尋木メモ2:頚枩庵(けいしょうあん)

※茶室は立ち入り禁止のため、入口からレーザー測量器を利用し、寸法を図っています。

みんなで記念撮影

成城五丁目猪股庭園 

写真:山平 敦史
文:山平 昌子



三尋木 崇(みひろぎ たかし)
1980年 神奈川県南足柄市生まれ
2004年 長岡造形大学大学院造形研究科(建築学)修了
2004年 建築設計事務所勤務(~現在)
2009年 個人的な遊びの活動を始める
「五感を刺激する空間」をテーマに、建築と茶の湯で得た経験を基に多様な専門家と共同しながら、「場所・時間・環境」を観察し、“そこに”根ざした人、モノ、思想、風習を材料に“感じる空間体験”を作り出す。 普段は海外の大型建築計画を仕事としているため、日本を意識する機会が多く、そこから日本の文化に意識が向き、建築と茶の湯を足掛かりに自然観を持った空間を発信したいと思うようになり、活動を開始した。 2009年ツリーハウスの制作に関わり、2011年細川三斎流のお茶を学び始めてから、野点のインスタレーションを各地で行う。
・光の茶室(保土ヶ谷キャンドルナイト2011,14,17)
・夜光茶会(足柄アートフェスティバル2013)
・天空茶会(2016 銀座ニコラス・G・ハイエックセンター)
ツリーハウスやタイニーハウスといった小さな空間の制作やWSへの参加を通して、茶室との共通性や空間体験・制作のノウハウを蓄積している。

三尋木 崇

Frank la Rivière (フランク・ラ・リヴィエレ)
1961年オランダ・ユトレヒト生まれ。
Llewelyn Davies Weeks(London)、Renzo Piano Building Workshop(Paris)を経て、1991年、GKデザイングループの招聘により来日。
2007年(株)フランク・ラ・リヴィエレ・アーキテクツ設立。
2019年よりICSカレッジオブアーツ校長。
日本文化に幅広く精通し、小堀遠州流の茶人でもある。

根本 知(ねもと  さとし)
かな文字を専門とする書家。本阿弥光悦の研究者でもある。2021年2月、「書の風流 ー 近代藝術家の美学 ー」を上梓。
最近は、珈琲館のホットケーキの店舗による違いを分析したりしている。

山平 敦史(やまひら あつし)
鹿児島県出身。フリーランスカメラマンとして雑誌を中心に活動中。
明石屋のかるかんが好き。

山平  昌子(やまひら まさこ)
茶道を始めたばかりの会社員。「ひとうたの茶席」発起人。
出身地である松山市の西岡菓子舗、「つるの子」推し。



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