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書評:美しい絵の中で人はあっけなく死んでゆく/石ノ森章太郎『佐武と市捕物控』第1巻

石ノ森章太郎。1938年に宮城県に生まれ、1955年に『二級天使』でデビュー、1968年には『佐武と市捕物控』『ジュン』で小学館漫画賞を受賞。代表作は『サイボーグ009』など。ジャンルを横断する膨大な作品群を遺す。1998年、60歳の若さで逝去。

私は石ノ森章太郎の漫画作品はこれまであまり読んでこなかった。が、石ノ森章太郎ファンの友人がこの『佐武と市捕物控』を以前から強く薦めてくれていたので、ずっと古本屋で(まとまって読むことのできる)文庫版全集を探していた。

で、昨日、新潟のBOOKOFFにて、念願叶って(全10巻のうち第10巻が欠けているものの)入手することができた。

ということで、早速第1巻収録の第一話「隅田川物語」から読み始めてみた。

鍬形蕙林の『大江戸鳥瞰図』の模写にモノローグを添えたものから始まり、続いて歌川広重の『大はしあたけの夕立』の模写、そして歌川広重の雨の表現を引用しつつ江戸の街を描写した石ノ森章太郎自身の絵へとつなぎ、さらにその江戸の街の一軒の家の中で、主人公の二人、佐武と市が碁を打つシーンへとつないでいく導入部。

もうこれだけで凄い。江戸の町の俯瞰から物語の二人の主人公へとクローズアップしていくと同時に、浮世絵の世界から石ノ森章太郎の世界へとシームレスに入り込んでいく展開。こんな漫画表現が1968年の段階ですでに完成されていたのか、という驚き。

これ以外にも、心象風景から実景へのシームレスな繋ぎや、光と陰の表現など、今見ても斬新な表現が続出する。

もちろん魅力的なのは、絵の表現だけではない。この美しく迫力のある絵の中で、何の罪もない市井の人が、そして罪人が、本当にあっけなく、意味もなく死んでゆく。この圧倒的な虚無。

さらには江戸元禄の繁栄の中で、薄っすらと社会が痛んできていることもうかがわせる。社会自体に忍び寄る虚無。

漫画読みの友人が力強く薦めるだけのことはあった。確かにこの漫画は凄い。テキスト量も多くゆっくり時間をかけないと読めないタイプの漫画であるが、だからこそゆっくり味わいつつ読み進めていこうと思う。

石ノ森章太郎『佐武と市捕物控』第1巻


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