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新しい自分に出会うまでには、もう一度生まれ変わるくらいの時間が必要

 「日本人って本当に止まれない人種なんだよね。
止まることを許せるって、けっこうハードル高いことなんだよ」

先週友だちと話していて、こんな会話が出て。何度も止まっているわたしたちは「ものすごくレア」だという話になったのです。


去年の冬、シューマッハ・カレッジに行きたくて情報を集めていたときに、あるnoteにすごく腑に落ちる言葉を見つけたので、ここで紹介したいなと。(実はこれは走り書きのまま、ずっと下書きになっていたnoteでした…)

この方はハネムーンを兼ねて9ヶ月くらいかけて世界を旅している人だったのだけど、シューマッハのプログラムでの自己紹介を聞いた講師が、彼女にかけた言葉が「rebirthだね」だったのだそう。

「人間の命が生まれ出るまでに必要な期間が大体それくらいでしょう。そう考えると、旅を通して新たなものを生み出そうとしているのかもしれない。それが何かは今は分からなくていいよね」

(そして、今年わたしもシューマッハ・カレッジに実際に行ってきたのでそのことも早く語りたい…!)

わたしも会社や働き方を変えるタイミングで、1年くらいのお休みを取るようにしていて。なんとなく決めた自分との約束の期間だったのですが、この言葉を見て「あぁわたしは、自分が生まれ変わるための時間を必要としていたのかもしれない」と思って腑に落ちたのです。終わりを決めることで、そこまでは本当に自由で居られるし、ちゃんとそこまでに一つの答えが見出される気がするんですよね。

ちなみに転職するときって、ほとんどの人がすぐ次の会社に移ると思うし、わたしも何の肩書きもない自分に不安になったりしたのですが、後から考えればその間の「何もないわたし」の時間ってすごく大切だったなぁと。

多くの人がそうだと思うのですが、転職してすぐ次の会社に行く場合、最後のほうは次のことで頭がいっぱいになって、今の会社のことっておざなりになってしまう気がします。でも後ろが空白だと「最後までこの会社にできることをやろう!」っていう感じになるので、やり切った感もあるし、本当に感謝でいっぱいのお別れになるんですね。そして、その満足感をちゃんと味わってその道を「綴じる」からこそ、多分次の新しい道がやってくるのだと思うのです。

仕事を辞める事情はそれぞれ違うけれど、やっぱり今までいた会社やそこで過ごした時間を客観的に見つめることや、それまでの自分を次にどう活かすかを考えることって必要な気がします。どうしても人は延長線上を歩きたくなるし、慣性の法則って働いてしまうから。

一つの仕事を辞めることって本当に人生にとって大きな決断で、迷ったりぐるぐるしたりして時間がかかるもの。けれど、きっとそれは長い時間を過ごすうちに、自分のバランスや仕事との関係性が心地よいものではなくなってしまったから、見直しのタイミングなのだと思うのですね。だとしたら、もう一度選び直すって自然なことだと思うのです。

あと意外と毎日働くのって疲れているので、単純にカラダを休めるのも大事。気がすむまで思いっきり寝ること、自然の中でただ生きることに集中すること、そういう経験があると、また内側から次のヒントが湧いてくる気がするのです。

わたしの場合は、1年のうち半年くらいは派遣社員や業務委託でお仕事をしたのですが、それ以外は海外に行ったり新しいことを学んだりしていました。時間的にも正社員よりずっと楽だし、振り返ってみればそのときに経験したことが、確実に次の選択肢に繋がっているんですよね。


もちろんすべての人に「止まる」ことを推奨しているわけではないし、企業の中でどんどん上をめざしたいという人には「止まる」ことが足枷になることもあるだろうし、転職活動をするときにはまだまだ偏見もある。それから、社内でポジションを変えたり、人生のステージ変化できちんと見直しができる人もいるので、一つの場所にいることが必ずしも悪いことだとは思っていないです。


ヨーロッパだとバカンスもあるし、北欧には学び直し期間が社会的なシステムに組み込まれていたりするけれど、日本社会は元々終身雇用だったからか、まだまだ一般的ではない気はします。けれど本当に自分が生きている意味を思い出して、自分の向かいたい方向と、自分の生かし方がわかっている人が増えた方が、きっと社会はもっといいものになるはずなのになと思ったのでした。

ちなみに、ここ最近「サバティカル休暇」とか「キャリアブレイク」という言葉を近しい人たちから聞く機会が増えてきたので、もしかしたらそういう時間を取ることがポジティブに捉えられる未来がくるのかもしれない…と小さな希望を持っていたりします。


と、ここまで書いていて気づいたのは、「止まって」いるのは世間的な時間で、自分の時間はちゃんと動いている気がするということ。「外」の動きが止まっている方が、「中」のことがよく見えるのかもしれません。

「モモ」の中にもこんな言葉が。

「ゆっくり歩けば歩くほど、はやくすすみます。いそげばいそぐほど、ちっとも前にすすめません」

ふと、今わたしは<さかさま小路>を歩いていて、<どこにもない家>に行こうとしているのかもしれないなーと思ったのでした。

(※<どこにもない家>は、この世の時間を司るマイスター・ホラが住む”時間の国”。そこにたどり着くためには<さかさま小路>を通らなければならない)


このお話は、わたしにとってすごく大切なことだったので、もっとうまく書けるようになりたい…!

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