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17.娘への愛⁈ばあちゃんの察知感度の良さ

我が母は、70歳の時に体調を崩していました。
良くも悪くも、ばあちゃんに似たのか、我慢強い人なので、なかなか病院へも行かず、最終的には入院手術となったのですが、今は元気にしています。
その時に、ばあちゃんとこんなやりとり…喧嘩もして、察知の良さに驚いたことがありました。

コロナ禍もあって、なかなか自宅へ帰宅できなかったばあちゃんが、ようやく自宅に戻れることとなりました。
おそらく母の体調がかなり悪化していた頃で、体調の悪さからか、母が『ばあちゃんには会いたくない』と言っていたため、帰宅時の出迎えは私と叔母でしました。

「お母さんはどうした?」

そうばあちゃんに聞かれても、私は「今日は用事があるから来れない。明日は来ると思うよ」と答えました。
翌日は、前々から母が歯医者の予約が入っていたので、またもやばあちゃんのところへ行きませんでした。

「お母さんはどうした?どっか悪いのか?」

また聞かれたので、「悪くないよ、今日は歯医者の予約入ってて来ないだけだよ。明日は来るよ」と答えました。
ばあちゃんは、それ以上何も言いませんでした。
ところが翌日。
ばあちゃんが、会いたがってることとどっか悪いんじゃないかと心配してることを伝えたので、さすがに母も今日は会いに行くと言っていたのですが、たまたま父が仕事途中に家に立ち寄り、母にあれこれ頼み事を始めたので、叔母との交代があるため、私は一人でばあちゃんちへ。

「お母さんは?」

「お父さんが、ちょうど来ちゃって、あれこれ用事言ってて出かけられないから置いてきた」

するとばあちゃんは、不審な顔で私を見ました。

「なんかあったんか?『明日は来る来る』って来ねぇがな!本当に何もないなら来るだろ!」

ついに怒り出しました。
私は慌てて台所にいた叔母を呼んで、母は生きていると説明してもらいました。
叔母が帰宅して、晩御飯を食べさせていた時、またもやばあちゃんは怒り出しました。
母が入院、最悪亡くなっているんじゃないかと、ものすごい剣幕で私に怒ります。

「私のお母さん、勝手に殺さないでくれる!ばあちゃんとお父さん置いて死なれたら、2人の面倒見るんに私が大変で死ぬわ!」

私もだんだん腹が立ってきて、ついつい喧嘩腰になりました。
するとばあちゃんは、さらに興奮して言いました。

「◯◯(母の名前)は、はー70になったんだろ!◯◯は、おじいさん(私の祖父)に似てるから、おじいさんの姉さん達は皆、70ぐらいで病気になったり死んだりしてるから!◯◯はそっちに似てるから、まさかおんなじに病気になったり、なんかあったりしてんじゃないかっ!じゃなかったら、むーちゃんが『明日は来る、明日は来る』って何日もはー言わねぇだろ!まーた、おかあさん(ばあちゃんのこと)に皆で嘘ついてんか!本当に大丈夫なんか!」

ばあちゃんは興奮すると、私を娘と勘違いして自分のことを「おかあさん」と言っていました。

私の母はどちらかといえば、祖父に似ているので、70絡みで何かあるのではと心配なんだという訳です。
祖父の家系に女は、70の壁があるなんて遺伝、私は初耳です。
「お母さん、生きてるけど、体調はマジで崩してんだよ、それ遺伝かよ…」と本当のことは言えずに、私は「大丈夫だよ、生きてるよ」となだめましたが、ばあちゃんは怒り狂ってます。

「わかったよ!じゃあ、うちに電話するから!お母さんと話せば生きてるのわかるでしょ!」

私は自宅へ電話しました。
出ませんでした。

「あれ?出ない!」

ばあちゃんの顔も曇りましたが、まさか倒れちゃったのかと今度は私も焦る番です。

「ちょっと待ってね〜、お父さんに電話するから〜」

私は父の携帯電話にビデオ通話で電話しました。
父にはすぐ繋がりました。
父が「何?」と顔を出すと、ばあちゃんは「あっ!パパだぁ〜」と顔デレデレ。
さっき私に怒り狂ってたのは何ですか?と言いたくなる笑顔をしました。

「あのね、ばあちゃんがお母さんが死んだから、うちに来ないのか!って怒ってるから、お母さんの顔見せて」

「あいよ〜、お母さん、ほら、ばあさんが顔見たいと」

母は父と一緒に夕飯を食べに外出中でした。
私も安堵しつつ、母に顔を出してもらい、「明日は会いに行くよ」と話してもらうと、やっとばあちゃんは納得してくれました。

母のことをあんなに心配してるばあちゃんを見たのは初めてでした。
普段、母からは、自分が二人姉妹の姉なのでいろんなことを我慢させられてきたとか、お腹空いていても私の食べ物より自分のおしゃれを優先されたとか、大人になっても「ハぁっ!」みたいなことをしょっちゅうされていたと、ばあちゃんへの愚痴をよく言っているので、ばあちゃんは母に対して冷たい人という印象でした。
けれど、私相手に怒り狂うばあちゃんは、娘を想う母親そのものでした。
もし元気な時に、娘としての母をそのぐらい察してやってれば、母は我慢せず甘えることも当たり前にできて、病気にならなかったかもしれません。
でも、普段とは違う命に関わる不調だからこそ、母親として何か察するものがあったのかもしれませんが。
今となっては【if】の話です。

ばあちゃんは、手先がとっても器用なのに、愛情表現はなんだかとても不器用な人でした。

その翌日、ようやく会えた母の姿に、ばあちゃんは安堵しておりました。

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