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しあわせ、とか、たのしい

昨日今日と私はとても幸せで楽しかったです。

昨日は友達と夜遅くまで笑いあって、今日は友達が私のジュエリー作品を嬉しそうに買ってくれました。

バカなことを言い合って笑ったり、「全部かわいい、迷っちゃう!」って言う友達と一緒にどれにしようか悩んだりしました。

幸せとか楽しいって感じられること、それは心が豊かで健康な証拠だと思いました。落ち込んでいる時は何事にも興味がわかなかったり、楽しいはずの空間にいてもひとりだけぽつんとした気持ちになってしまったりします。

私の友達はほとんどが多分、私が深刻な精神疾患だと知らないでしょう。私はわざわざ言いませんし、元気なタイミングで友達に会いに行ったりしています。時にはあまり元気が無くても、友達がいる楽しい空間にいることで元気を分けてもらえます。

実は昨夜も帰宅後、楽しかったはずの気分が急に落ち込んでしまい、幻覚と過呼吸を起こしてしまいました。それはそれは恐ろしい気分でした。

でも、そうやって少しずつ楽しいことや幸せなことを見つけていって、心のアンテナを立てて行くことが何よりも良いお薬です。

昨日今日ととても充実した日々だったので、今日は頑張って夜ご飯を豚の角煮にしようと思います。今、豚肉を煮込んでいる最中にこの文章を書いています。おいしく出来上がったらお腹も心も満たされることでしょう。

以前にも書きましたが、私の作品は病気の幻覚などをモチーフにはしていません。ただ、そういった体験は少なからず、私の作品に影響は与えているでしょう。

私は大学に入学した頃から、肉眼では見ることのできない極小の世界に興味を持ちました。よく図書館で昔のサイエンス雑誌の細胞の拡大写真をスキャンしたりスケッチしたりしていました。そしてそれ以前の子供の頃はシュルレアリスムの世界に惹かれていました。今の私の作品はそういった興味の積み重ねでできています。

そこにきっと幻覚や妄想によってメチャメチャにされた時代のエッセンスが加わっている感じだと思います。

私は作品をつくるとき「違和感」を大切にしています。違和感には人の心に響く何かを感じるのです。例えば、色、相性の良くない色をあえて隣り合わせにしたり、形は足が5本とか7本とか、ヘンテコに思えることをいつの間にかやってしまっています。でもそれが不思議と親しみやすかったり、コミカルだったりするのです。

そういった一見おかしな事柄も見方を変えればユニークで面白いと思います。

昨夜の幻覚体験も、その時は本当に恐ろしいのですが、時間が経って思い出してみると「不思議だったなぁ、ヘンテコだったなぁ」というふうに以外と冷静に観察できるのです。私の作品作りにはきっとそういった体験によって得た感覚が映し出されているのでしょう。

さて、明日は予定がないのでゆっくりと作品と向き合いながら過ごすとします。


おしまい。


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