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乱れまくる高齢者の食生活

私の父(87才)と母(88才)は二人で暮らしている。私は車で15分ほどの所に住み、妹は県外にいる。母は、腰椎の圧迫骨折で腰が痛くて膝も痛い。
手の指は軽い関節リュウマチがあって、薬を呑んでいる。
だから、家事はほぼ、しない。洗濯機のスイッチを押すぐらいは、する。

母には直接言わないが、「もう少し何かしたら?!」と思う。
「日常生活の動きで十分リハビリになるよ。」と言うと、
「そうなのよね~。」と言いながら、何もしない。
10年ぐらい前から言い続け、「やってるよ。」と母は言うが、
やってるうちに入らない。(そして私は親に優しくなれない。)

母は、もともと家の中にいる方が好きで、外の人ともあまり交流したがらない。年を取ってからはそれに拍車がかかり、「今度転んだら骨折して死ぬ。」「今コロナにかかったら死ぬ。」が口癖だ。
唯一救いは、巣ごもり?状態だけど、気分は明るい。
顔色は良く、私が実家に行けばよく話をするし(父親の愚痴)、
父への口撃は衰えを知らない。

周りが思うほど、母は、家の中にず~~~といることが苦痛ではないのだ。むしろ、デイサービスで施設へ行ってみんなと一緒に体操したり、歌を歌ったりする方が苦痛なのだ。それならそれでいい。
何かというと「コミュニケーションが大切」と言われる時代だが、
苦痛を感じてまでコミュニケーションをとる必要もないだろう。

「だったら家でもう少し動いたら?!」と思う。
たぶん、母は、本当はもっと動けると思う。しかし、心配性の性格に拍車がかかり、家の中でも転んで骨折したら、死ぬと思っている。こういう生活習慣や考え方は、若い頃からの積み重ねなんだなあ。
自分から積極的に変えようと思わなければ、変わらない。60代までなら変えられそうだが、90が近くなっては・・・。

今、料理を一切しない母を見ていて、夫婦が高齢になった時、健全な暮らしを維持していくためにまず整えたいのは、「食生活」だと感じる。
若い時のようにたくさんは食べられないのだから、少しでいい、質素でいいから、ご飯を炊き、おかずを作り、食卓につくということが人間的な暮らしの第一歩だとつくづく思う。

テレビの『ポツンと一軒家』に出てくるおばあちゃんが、一人で暮らして、畑で野菜を作り、自分のために食事を用意する。嫁いできた頃からずっとやり続けているからできることなんだろうけど、最期まで自分で自分のことができる生活は素晴らしいと思う。

父はお酒が好きだから簡単に焼いたり炒めたりはできるが、
もうすでに限界。お総菜コーナーに頼ることになるし、私は週1、2回、
家で作った煮物などを持っていくので精一杯。
母は歯が悪くて硬い物が食べられないから、レトルトの介護食に頼り、
そんな状態でも、高齢者向けの宅配弁当を取るのは嫌だという。

友人が週に3回ほど食べ物を作って届けても、次に行ったとき
冷蔵庫の片隅でカビが生えているとガックリくると言ってたなあ。
同居していれば解決できるのかもしれないが、ウチのようなパターンは
多いだろう。

他人事ではない。自分はどうなんだ?
いいかげん、家事から手を引きたい母の気持ちもわかるが、生きるためにも自分で台所に立って包丁を持ち、大根が切れるぐらいの筋力はつけておかなければ。


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