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第三章 「アイドル」の心理的戦略


こんばんは。Susanです。

宣告した通り、毎日一章ずつ卒論の内容を載せていくコーナーです。前置きは毎回していると大変なので、このシリーズでは割愛することにします。

この期間は、本文だけを分割して載せて行きますので、ぜひお時間ある方はお付き合いくださいませ。

それでは、本日は 第三章 「アイドル」の心理的戦略 です!

第三章 「アイドル」の心理的戦略


本章では、「アイドル」の心理的戦略について述べる。第一章で説明した日本の「アイドル」を身近な存在である他己と捉え、その他己を承認することにより自己承認の願望を達成したかのように感じる心理的戦略について追求していく。第一節では、自己を投影する者としての「アイドル」について述べる。次に第二節では、「アイドル」を自分の理想を引き受けてくれる他者である理想化自己対象として捉え、また「アイドル」にとっての「ファン、ヲタク」を鏡映自己対象として捉え、「アイドル」と「ファン、ヲタク」の間でもたらされている心理的作用を追求していく。そして、第三節では、なぜ「アイドル」のファン同士の交流が行われるのか述べる。

第一節 自己を投影する「アイドル」


前章で述べたように、近年における日本の「アイドル」は、単なる歌やダンスのスキルを売りにしているわけではなく、「アイドル」自身の〈物語〉をCDやコンサート、舞台などの可視化された〈モノ〉を通して〈小さな物語〉として消費者に提供している。そのためには、「アイドル」の〈物語〉は消費者である「ファン、ヲタク」を魅了し、共感されなければならない。以下、香月孝史の『「アイドル」の読み方』より引用する。

『スター誕生!』に関わっていた阿久悠が「アイドル」となる人物の選抜にあたって「下手を選びましょう」と提案し、「上手そうに思える完成品より、未熟でも、何か感じるところのあるひと」を求めたことは、当初、阿久にその意図がなかったにせよ、「能力がない存在」として「アイドル」というジャンルが位置づけられる萌芽でもあった。あるいは80年代に「楽曲」よりもタレント自身が重視されるものとしてあったおニャン子クラブなどの例でもわかるように、どの時代であっても、芸能ジャンルとしての「アイドル」にはそれぞれの時期で、楽曲上演にあたって一般的な意味での技術力の高さが絶対的な指標とされてこなかった。第1章で見たように、2000年代のアイドル評論でアイドルが「「魅力」が、「実力」に優っているパフォーマー」と説明されるのも、技術的な裏づけを必要としないことが前提になっているからである。アイドルとは、音楽実演のスキルを絶対的に求められる者としては存在してこなかったのだ※6。

こういった経緯の中で、「アイドル」という言葉は、その言葉が使われるようになった1970年代当初の「手の届かない雲の上の存在であり、同性を含む幅広い層に共感を与え、愛される存在」という意味を失い、「ファン、ヲタク」と同じ目線、同じ位置にいる「私たちにとって身近な存在」であることが求められるようになった。人々は手の届かない自分とは違う存在である「アーティスト」や「俳優」という他者よりも、自分に近く手の届く存在である「アイドル」という他者に惹かれて応援をする。それは、私たちが「アイドル」のことを身近に存在する他者として捉え、まるでその「アイドル」を自分であるかのように愛し、応援し、ともに歩んでいると錯覚し、自己承認欲求を満たしている部分があるからだ。「アイドル」は自己を投影する身近な他者として存在しているのだ。

第二節 「アイドル」と「ファン」との間で起きる心理的作用


「アイドル」と私たち「ファン」との間で起きる心理作用は、「ファン」にとっての「アイドル」という対象と、「アイドル」にとっての「ファン」という対象の双方で起こっている。

まず、「ファン」にとっての「アイドル」という存在に対して起こっている心理的作用について追及していく。「ファン」にとっての「アイドル」という存在は、理想化自己対象である。理想化自己対象とは、あこがれたり尊敬したりしていると、自分も誇らしくなったり立派になったように感じられるような対象のことを指す。また、「尊敬・崇拝していると、力強さや元気さがみなぎってくるように感じられる対象」「その対象に所属していると自覚すると勇気付けられるような対象」を理想化自己対象と呼ぶ。例を挙げると、幼稚園児や小学生が「うちのとーちゃんすげーんだぜ」と父親の自慢をする。これは親を理想化自己対象として自己愛を満たそうとしているのだ。企業のカリスマ経営者や、宗教団体の指導者なども理想化自己対象になりうる。このように考えると、「アイドル」は「ファン」にとっての理想化自己対象になっている。私たちファンにとって、「アイドル」は自分自身の理想を引き受けてくれる存在であり、その「アイドル」を尊敬・崇拝することで自己愛を承認してもらう対象なのである。「アイドル」たちは、しばしば「ファンのみんなを元気にしたい」系のセリフを言う。ではなぜ「アイドル」が歌って踊ることで、ファンのみんなが元気づけられるかといえば、彼女を理想化自己対象にすることで自己愛が満たされるからだ。

次に、「アイドル」にとっての「ファン」という存在に対して起こっている心理的作用について追及していく。「アイドル」にとっての「ファン」という存在は、鏡映自己対象である。鏡映自己対象とは、自己対象のなかでも、賞賛や承認を介して、自分自身が誇らしさや力強さを感じさせてくれるような対象を指す。自己顕示や自己表現に対しての賞賛や承認のリアクションを介して自己愛や一体感を充たしてくれる存在が鏡映自己対象に該当する。幼少期の子どもにとっての母親や、自分のことを認め信頼してくれる仲間などが身近な鏡映自己対象になりうる。このように考えると、「ファン」は「アイドル」にとっての鏡映自己対象である。「アイドル」にとって私たちファンは、彼女らの「アイドル」人生における自己顕示や自己表現であるライブや握手会などの「現場」を常に追いかけ続け、熱心に応援し、認めてくれる対象なのである。

「ファン」が「アイドル」を自らの理想化自己対象として、「アイドル」がしばしば口にする夢を自分の夢であるかのように捉え、熱心に応援しその夢に向かっている「アイドル」のリアルな姿を見ることで自己愛を充たす一方で、「アイドル」は「ファン」を自らの「アイドル」としての夢や努力を認めてくれ、「アイドル」を演じる自身に誇らしさや力強さを与えてくれる鏡映自己対象として捉え、コンサートや握手会などの「ファン」との交流をはかり、その声援を受けることで自己愛を充たしている。このように、「アイドル」と「ファン」は、お互いの自己愛を充たしてくれる対象として存在し、相互の心理的作用によって「アイドル」ビジネスは成り立っているのだ。

第三節 なぜ「アイドル」の「ファン」同士のコミュニティーが生まれるのか


「アイドル」の「ファン」たちは、しばしばコンサートや握手会などの会場で同じ「アイドル」を応援する「ファン」同士で集まり交流をはかる。これは双子自己対象という効果によるものである。双子自己対象とは、自分自身の分身のように感じられたり、自分自身にとてもよく似た存在として感じられたりする対象を指す。自分とよく似た誰かを見つけたとき、私たちは自己愛が満たされる。たとえば、仲良しの子供がお揃いの服をねだったり、境遇や趣味の似ている人同士がお互いを理解しやすいと感じたりする。海外旅行中に日本人と知り合って妙に意気投合してしまう。東京に出てきた地方出身者が同郷の人たちとつるむ。このような経験は、すべて双子自己対象によるものだ。同じ「アイドル」を応援している仲間として「ファン」同士が、自分自身の分身のように相手のことを捉え、親睦を深めることもこの効果によるものである。また、双子自己対象は共通点の多い人物と一体感を提供してくれる対象も含まれる。よって、似た者同士の「ファン」を繋げて会わせてくれる「アイドル」という存在も双子自己対象にあたると言える。

また第二章でも触れたように、私たちはなんらかの共同体に縛られ、所属したいという欲望を持っており、そのために〈物語〉を求めると述べた。その〈物語〉性を持った商品として「アイドル」に人々は惹かれ、「アイドル」を消費する「ファン」になる。それと同時に、「ファン」になるということが「アイドル」のファンクラブに入り、リリースされたCDは欠かさず買い、コンサートや握手会に通う、といったようなある程度の行動の規範を決定してくれ、「○○(アイドル)のファン」という共同体に所属することに繋がる。すなわち、「ファン」は「アイドル」が好きという感情以上に、「ファン」同士の繋がりや、「ファン」でいることで所属することのできる共同体に縛られることを求めているのだ。「アイドル」に対する情熱が冷めたとしても、「ファン」をやめられないということが「アイドル」の「ファン」の中でしばしば起こるのはこのように「アイドル」が私たち「ファン」の共同体を作るツールになってしまっている部分があるからだ。「アイドル」の「ファン」同士のコミュニケーションは、「ファン」の自己愛を充たしたり、アイデンティティの確立に大きく影響したりしているのだ。


引用文献
※6 香月孝史『「アイドル」の読み方』、青弓社、2014 p115-116


本日はここまで。
いよいよ明日、最終章の更新予定です。

最後までごゆるりとお付き合いくださいませ。

2022.10.04.
Susan

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