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英国生活約3年。0から築いた私の人間関係

この国へ来たときは、主人の家族しか知り合いがいない状態。でもその家族の集まりでは気軽に話ができる関係ではなかった。
なのではじめの1年は、主人と子供以外話ができるひとが一切いなかった。
コロナ禍は関係あったようでない気がする。

近くに公園もないし、こどもを連れて歩けるような場所もない。

唯一話しかけてくれてくれる近所の威勢のいいおばあちゃんが息子にお菓子をくれ、話ができる人がいると喜んだのもつかの間、数か月後に亡くなってしまった。

娘は学校に通っていたが、親同士のコミュニケーションをとるきっかけもない。運転もできないので、送り迎えも面談も主人頼みで、私は一切先生と話す機会もない。

本当に人間関係を作れない環境、1歳の息子と家に引きこもる状況、今思っても気持ちのコントロースが一番難しい時期だった。

英国生活2年目になって、学校や大きな公園が近くにある場所に引っ越した。そして生活が一変した。

近所にはリタイアした方々が多く、小さい子供が越してきたことにみんな喜んでくれた。

そして毎日のように子供を公園に連れていくことができたのは、かなり大きい変化であった。

公園で会った人たちとは、数えられる程度ではあるが、簡単な会話や子供のプレイグループ情報共有のために電話番号を教えてもらったりしたことはあった。でもその場限り。それでも人とのかかわりってこんなに自分を元気にしてくれるのか、としみじみと実感した。

ある日、息子と年の近い男の子と彼のおじいちゃんと一緒になり、それから毎日のように顔を合わせるようになった。

毎日「今日も会えるかな」と息子とわくわくしては、会えた日には喜びを、会えない日が続くとまた孤独を感じる時期があった。

息子はこの子以外友達がいなかった。

公園だけの関係だしなと色々と悩んだ結果、意を決して電話番号の交換を持ち掛けた。

するとおじいちゃんも「実は」とポケットから自分の電話番号が書いてあるメモを取り出して私にくれた。

同じことを思っていてくれたらしい。

そして、事前に公園で遊ぶ約束ができるようになった。

夏には我が家のミニプールで遊んだりもした。一緒に写真を撮ったりもした。誕生日会にも呼んでもらえた。

残念ながらその男の子が学校に入学してからは、全然遊べていないが、時折長期休みの際には連絡を取って遊ぶことができている。

私の就職時には、レファレンスも書いてくれた。

息子同士が気が合い、大人同士も同じような感覚を持っている、そんな家族に会えたことがすごくラッキーでもあるし、何事も変化はあるもんだなと身をもって学んだ。

そんな風に公園に行く機会も多いので、犬を連れた人々とも仲良くなった。仲良くなったと言っても、会えばHello、息子に話しかけてもらう、という程度。これがすごく居心地がいい。

みんなリタイアした人々だが、同じ時間に公園に行けば必ず会える。

その中のあるおじいちゃんが、毎度息子に同じお菓子をくれる。お菓子をもらえることが重要ではなくて、存在を覚えていてくれるとが嬉しい。

ある時、誕生日が近いことが分かった。

忘れないようにカレンダーにマークをし、一大イベントのように数日前から当日の導線を確認。

そしてその誕生日を迎えた。

無事におじいちゃんにカードを渡して、私から感謝の気持ちを伝えることができた。

こうやって、0から関係を構築していくんだな。と36歳になって学んでいる。

はじめは、生涯友達なし、としか考えられなかったが、状況は必ず変化するものである。

まだ近しい年齢の「友だち」はできないが、死ぬまでそれが見つからないことの方が確率として低いと思う。

そう考えたら焦らず、毎日ちょっとしたチャレンジを乗り越えていこうと前向きになれる!

実は今、休職中である。ドクターに一筆書いてもらって公的に休んでいる。正直心は穏やかではない。

でもこうやって関われる存在がいることで、私は元気を取り戻せることができる。

昨日くらいから、春到来を感じる。心も前向きになれる季節。

もっと人と交流できるように、一言話しかける勇気をもってみよう。

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