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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(4)

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〈4〉いつか夢の出口へ連れて行って

夜明け前に目が覚めた。
ベッドから抜け出して、まだ新鮮な一日の空気を吸いに外へ出た。
大型トラックが大きな息を吐きながら通り過ぎる。
野良猫はひと狩り終えて家路についていた。
薄っすら明るくなる空に、私の大きな息が吸い込まれた。
吸い込む空気が少し冷たく、肺がキュッと締め付けられた気がした。
散歩がてら少し辺りを歩いていた。
まだ明けきらぬというのに、犬の散歩をするお爺さんや、この時間が勤務時間の新聞配達員が自転車とバイクで駆け回っていた。 

5月の空気が私を包むと、その乾燥してひんやりした風が、半袖シャツではまだ寒かったことを思い知らせてくれる。
上着を羽織ればよかったなと思いつつも、どちらかといえば、美夜子の肌の温もりが恋しくなった。

「やっとみつけた……目を離すとどこか行っちゃうんだから」

「美夜子……」

ちょっと嬉しかった。
美夜子を求めている時に、美夜子は現れてくれる。
まるで夢みたいだ。
頬を抓ってみても、腕を強く握って爪の痕をつけてみても痛い。

「何してるの?」

「夢かなって」

「そんなわけないでしょ。ほら」

美夜子の手が私の手を包むと、その温かさに心が落ち着いた。

「もう少し散歩する」

「じゃあ、一緒に行く」

空が深い青に染まる。
暗闇を切り裂くような白いLEDの街灯が眩しい。
美夜子と手を繋いで歩く。
私より遥かに背の高い美夜子は私に歩幅を合わせてくれる。
イケメンすぎる……。

「ねえ、このままどこかに行かない? 二人きりでさ」

「駄目。学校行かなきゃ」

「そうだよね……」

「お母さんとお父さんに伝えてあるから。暫く泊まるって」

「そうなの? 緊張するなぁ。ちゃんと挨拶しなきゃ……何か手土産いるかな?」

「別にいらないよ。私としては同じ陽菜が手土産みたいなもんだし」

さらっとそういう事を言う。
どれだけ私が好きなんだ……。
いよいよ空は朝模様。はっきりと明るくなり、それと同時に美夜子の家へ帰った。
とりあえず二人で歯を磨き、顔を洗い、髪を整え制服に着替えた。
朝食の支度は美夜子手際よく、トーストとスクランブルエッグ、それにお手伝いさんが昨夜作り置きしてくれていた葉野菜のサラダにノンオイルの胡麻ドレッシングをかけて出してくれた。

「ありがとう」

「大したことないよ」

黙々と食事を摂る。牛乳を最後に流し込んで私は完食した。

「ご馳走さまでした」

「お粗末様でした」

同時に食べ終えた美夜子が、私が食器を片付けようとするのを静止する。

「お客さんなんだからジッとしてればいいのよ」

そう言うと慣れた手付きで洗い物を済ませると、コーヒーを淹れてくれた。

「学校、一緒に行ったら怪しまれるかもしれないから、途中で別れましょう」

「え、やだ」

「クラス内ヒエラルキーの上位者と最下位の人間が、仲睦まじく歩いてたら不味いでしょ」

「別にいいじゃん」

「駄目。約束したじゃない。学校では秘密にしましょうって。そのほうがいいでしょ? 私の体の隅々まで知ってるの、陽菜だけなんだよ?」

「うっ……」

「ね?」

あざとい。そして可愛い。
メガネをかけていないその顔が、その瞳が……あれ?
ずっとメガネをかけていないけど……。

「そう言えばメガネは?」

「あれ、ブルーライトカットのメガネ」

「え、そうなの? いつも文庫本読んでるのに?」

「前はスマホで読んでたけど最近はやっぱり、紙の活字の方が良いってなったの」

「ふーん」

そう言うと美夜子はメガネケースを取り出し、いつもの黒縁メガネをかけた。

「もったいないよね。それないだけで地味さ無くなるのに」

「私は目立ちたくないから」

そう言うと鞄を手にとった。

「遅れるよ?」

「へ?」

時計を見るといつの間にか8時を指していた。
キャリーケースから出しておいたローファーを履き、玄関を出る。

「じゃ、さっき言った通りね」

「うん……でも寂しいな」

私がそう言うと、美夜子は門の内側で私を抱きしめると、唇を重ねた。

「これで放課後まで保つでしょ?」

「……う、うん」

少し驚いた私は、暫く固まってしまっていた。
急いで美夜子の後を追う。
美夜子の家からは学校は徒歩で15分程しかかからない。
最寄り駅から歩く学友達を尻目に、家から歩きで通える距離というのは少し羨ましい。
私の家からは歩いて20分強。歩いて通えなくはないが、自転車で普段は通っているが、先日帰りにパンクしてしまい、昨日は徒歩で通学した。
途中から美夜子は距離を置きながら歩き、私はいつも通る道に出てから学校へ向かった。

「陽菜おはよ!」

「沙友理おはよー」

白川沙友理。高校入学と同時に話しかけられてそれなりに仲良くしているクラスメイトだ。

「ん?」

沙友理は鼻をスンスンと嗅ぐ。

「陽菜、シャンプー変えた?」

「え、あ、うん。そうなんだー」

そんなに気が付くものなのか?
そう疑問に思うと、沙友理は何かを考えていた。

「どうした?」

「いや、この匂いって何処かで……」

「あー、たまにあるよね。似たような匂い嗅いだら前もあったなって」

「そうそう。ここまで出てきてるけど、出てこないんだよね」

沙友理は首元に手をやりそう言った。
私は笑いながらその様子を見ていた。
ふと、視線を感じてそちらを見ると、美夜子がジッとこちらを見ていた。

「ん、どうかした? あー立山さん……そうだ!立山さんのシャンプーと一緒じゃない?」

「え、そうなの? 偶々一緒になっちゃったのかなー」

「確か結構良いの使ってるよ」

「てか、シャンプー詳しいね」

「うち、美容室だから」

「あー、そっか」

私はシャンプーの銘柄も見ずに、美夜子に洗髪してもらっただなんて言えなかった。
シャンプーに詳しいキャラだなんて知らなかったし……。
そうこう話しながら歩いていると、気づけば学校へ到着し、教室に入り席に座る。
沙友理は教卓前の席なので教室に入ると別れた。
そして忘れていたが、私の隣の窓際には美夜子が座っている。
美夜子は通常運転、席に着くなり文庫本を開いている。
私はスマホを触っていた。授業中以外であれば触ってOKのルールなので問題はない。
母から大量のメールが届いてが、昨日の23時でメールは止まっていた。
それに、メッセージアプリのチャットも同じくらいの時間でパタリと止まっていた。
母は大体その辺りの時間に就寝するから、そんなもんと受け止めていた。

授業が始まると、スマホは鞄にしまい、授業に集中する。
午前の授業が終わり昼休みになると、いつもはお弁当だが、今日は持っていないため、食堂へと向かった。
隣の席の図書室の住人は気づいた頃には空席がそこにあるだけだった。
食堂は大混雑。惣菜パンの争奪戦と、食券行列に受け取り行列。
私はそれと匂いでお腹がいっぱいになった。
パック飲料の自販機でいちごミルクを買って中庭に向かった。
藤棚に腰掛ける。まだ少し遅咲きの野田藤の花が残っている。
その薄紫を見ながらいちごミルクを飲む。

「甘っ……」

その甘さに胸焼けしそうになるが、あえてこれを選んだのは、その甘さを頼りにしたからだ。
とりあえずカロリー摂取すればいいだろうという、安直で愚直な考えだ。
意外と人気がない中庭を一人で貸切状態というのは、少し滑稽である。
正直、私自身も来たのは二度目くらいだ。
いちごミルクを飲み干してあとはぼーっとするだけの時間だ。
図書室にでも行ってみようかとも考えたが、中庭から見える図書室の外観だけを私はジッと見つめていた。

「何、あれ」

図書室の窓際。
美夜子の横顔が見えた。
そして仲睦まじく喋る相手は男子。
私にもあまり見せなかったその笑顔。

「……どうしてだろう」

胸が締め付けられる。
私はそれに嫉妬しているのか?

「美夜子に限って、そんなことない」

美夜子から交際の申し出をされた。
私は同意しただろうか?
そもそも同性の交際ってどこが基準なんだ?
私はただの友達になっただけじゃないか?

「……っくそ、何なんだこの感情」

私は髪をぐしゃぐしゃにした。
それによって靄が解消されるわけではないのに。
昨日から通算して何度目になるか分からないため息を吐くと、負の感情の瘴気が体内から排出された気がした。
別にどうでもいい。
そう思いながら、いちごミルクのパックを握り潰した。


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