マガジンのカバー画像

気ままに神経科学

6
ひとの心の仕組みや知覚体験について、主に神経科学を参照しながら書いています。 cover photo credit: https://www.flickr.com/photos… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

「ミニ脳が卓球ゲームをプレイ」 について解説します 【論文紹介】

とある神経科学の論文が大きな話題を呼んでいます。↓ 私自身は大学院を卒業してしまったため、もう研究にきちんと関わっている人間ではないのですが、神経細胞に日頃から触れ、工学的な手法を通じて知能や神経疾患の仕組みを解き明かすことに興味のあった人間のひとりです。 せっかくの機会ですから、話題になった今回の論文(以降、Pong論文)について、背景の解説と内容の考察を書いてみたいと思います。 論文の概要は?論文の内容を一文でまとめると、次のようになります。 しかしこのままでは到

ニューロダイバーシティと神経科学の新たな接点 — 計算論的精神医学について(前編)

私は現在、工学系で神経科学・電気生理学を研究しているのですが、今回は神経科学の新たな動きの一つである計算論的精神医学(computational psychiatry: CPSY)と呼ばれる分野と、近年注目されている「ニューロダイバーシティ(神経多様性、脳多様性)」の接点について記事を書きたいと思います。 私は修士1年の学生であり、普段は非常に範囲の限定された問いに絞って研究を行っているに過ぎません。したがって、計算論的精神医学や現象学、当事者研究において私は完全な初学者で

作業興奮に対する誤解について

よく「やる気」とか「モチベーション」とか検索すると,「作業興奮」という単語が頻出することが分かります.「ドイツの心理学者であるクレペリンが提唱した…」というお決まりの説明ですが,これに関して以下のような鋭い指摘を見つけました. もし本当なら由々しき事態です.ちなみに僕のnoteを遡ると,ある記事で僕も「作業興奮」という言葉をしっかり使ってしまっています…!(2年ぐらい前だと思います) なんだか気になってしまったので,濫用されている「作業興奮」という言葉について徹底的に文献

脳機能の安定性に学ぶ「反・脆弱性」

不確実性下の意思決定をテーマにした研究者であり,トレーダーでもあるナシーム・ニコラス・タレブ氏が著した「反脆弱性」がとても良かったです. 私たちは,システムの頑健さについて考えるとき,「脆弱か」か「頑健か」の二択で考えてしまいがちです.そこでタレブが新たに導入した3つ目の概念*が「反・脆さ」です.初めて聞くと不自然な概念のようにも感じますが,数々の事例を観察するにつれて,反脆弱性という概念がいかに普遍性の高いものであるかを痛感させられます. 反脆弱性の定義は次の通りです.

神経科学から考える、多様性社会における精神的な「健常」と「異常」の境界線の哲学

僕は神経科学を研究している、つたない学部4年生ですが、神経科学を勉強していると、「精神疾患」と「健常」とみなされる境目は、人間社会により、実に恣意的に決定されているのだなと実感します。 僕は大学以降、理論物理や神経科学に興味があり、人間の知能とか情動を、脳内の化学反応 —— 究極的には物理法則に還元して考えることが増えました。 今世紀になり、例えばうつ病といった心の症状には、医療的なアプローチが必要であるという認識が一般社会でも常識になりつつあり、個人の意志を前提とした「

私たちの意識は、結局物理法則に従っているだけなのか?

「今、この宇宙の物理法則が、このペンを勝手に走らせています」と言ったら変に思われるかもしれません。 0. 導入先日、大学のキャンパスの向かいにある定食屋さんで先輩とランチを食べたんですね。その時、先輩は 「うーん、今日は何となく、チキン南蛮定食にしようかな」 と言ったのですが、注文した後にメニューを片付けると、メニューの下には 「チキン南蛮定食、本日50円引き!」の張り紙が。それを見た先輩はガッカリした様子で、 「意識してなかったけど、確かに俺はメニューを見る前にこの