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歴史・人物伝~エピソード編⑪:黒田孝高「官兵衛の名でお馴染みの秀吉の軍師

エピソード編⑩でご紹介した荒木村重が有岡城に籠城した時、村重を説得に単身赴いたものの、逆にとらわれて幽閉されたのが黒田孝高。官兵衛の名で知られている豊臣秀吉の名軍師です。

2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公にもなった黒田孝高は、秀吉の片腕となり天下取りを支えてきました。高い軍事能力を持っており、謀略家だったことから、家臣とはいえ秀吉からは警戒されていたとも言われています。

後年の孝高は足が不自由だったようですが、これは村重によって1年間も幽閉されてしまったためです。信長に謀反を企てた村重を説得しようとして、逆に捕らえられましたが、猜疑心の強い信長からは「謀反に加担した」との疑念まで持たれました。

秀吉の家臣だったことが、孝高の運を開いたともいえます。本能寺の変による信長横死直後の中国大返しから、明智光秀討伐、後継者争いの清須会議、柴田勝家との戦いと、秀吉の最も身近にいて天下取りまでの道のりを共に歩んだのです。

秀吉の死後、関ケ原の合戦では嫡男の長政が徳川家康に従軍しました。それに対し孝高は、合戦が長引くことを予想し、できるだけ九州での領土を拡大しておく作戦に出たとされます。晩年まで野心家ぶりを見せつけた武将でした。

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