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感情の行く先を探して

とつぜん雪が降り出した夜。窓の外はきんと冷えた空気がはりつめ、近隣のマンションの窓はまばらに灯がともっている。

12月に届く封書はつまらない。請求書、保険関係、自動更新されたクレジット・カード。Happy Holidays を祝うクリスマス・カードなんて、冒険家であることをやめた私には誰もよこしてくれない。

届いた封筒をテーブルの端に重ねる。混沌のタワーがまた一段高くなった。タワーの崩壊する前に処理しなくちゃと言い聞かせると同時に、すべて自分のことなのに、どうしてこんなに鈍くいられるのだろうと思う。

私のテーブルの上には、たっぷり本が置いてある。開いたまま伏せた文庫本は、気がつけば一冊だけではなかった。読書家のフリをする私に、長年つれそったマグカップは冷たい。

”I ♡ NY”。印刷のすこし剥げかけたロゴが、過ぎ去った年月をつきつけてくる。あの冒険からもう何年になるのだろう。ホールデン・コールフィールドを探して、セントラルパークを歩いたあの夢のような日々から。

長い長い物語をじっくり読みふける時間は、大人になった私にはなかなか与えられない。人生は何に時間を費やすのかで決まるというのは、あながち嘘ではないのだろう、おそらく。

読書はいつしか、贅沢な時間の使い方になった。混沌とした生活を維持するために、なくてはならないものではない。

美しい一行とぴったり手を重ね合う前に、7時きっかりに起床する現実が立ちはだかる。次のページへ進もうとする意思は、いつだって抗いがたい眠気に敗北する。

とろんとした眠気のなかで、私は思う———

読書が贅沢な時間の消費であるなら、物語に涙することも、その消費に含まれていることなの?

願わくば、そうでありませんように。

物語に泣いたり笑ったりしたことが、なくてもよかったことになりませんように。

冷えていく窓のそばで、ままならない現実と夢のあわいに落ちながら祈る。

どんな時も読書は、感情の行き先を探す旅でありますように。

溜まっていた仕事をひとつ終えた土曜日。どうやら書類のタワーは崩壊をまぬがれたみたいだ。

大丈夫、生活の混沌も自分の鈍さも、ひとつひとつ片付けていけばいい。

今夜も窓の外の風景はもちろん、いつもと1ミリもたがわない。私はまたテーブルの上に本を並べる。

もしもマグカップが私をからかうなら、熱いコーヒーを注ぎ直して、これはお守りだと答えよう。

手を伸ばせばいつだって私たちは、あちこち気ままな冒険に出ることができるのだ。一日の終わりの、かけがえのない感情の行き先を探して。





Happy Holidays.

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