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新しい季節の設計図/Delivery for a beautiful day

並木道を歩いたら、木陰がやさしい色をしていた。もうそんな季節なのだ。

私は人とぶつからないように気をつけながら、いくつもの透明な「手紙」を受け取る。まだ麻のワンピースを着ている私は、飲みすぎてしまったレモネードのせいでどこか気だるいけれど、彼らの配達はとてもリズミカルで、見ていて飽きることがない。

光の配達夫たちは夜の闇を嫌う。ひやりとしたモノクロームを嫌う。彼らはいたずら描きをするように、水で溶いた色に色を重ねながら、あらゆるものについて書かれた「手紙」を、やさしく丁寧に私たちに配達する。

それらは有形無形の姿をして――たとえば風の匂い、光のスペクトル、赤ん坊の乳歯になって、一瞬の美とともに届けられ、ほんのすこしだけ私たちの心をゆすり動かす。

カフェの窓際の席につめたお客たちが、みんな往来を向いて座っている。「手紙」は窓ガラスを通過したあと、おしゃべりをしたり、本を読んだり、まどろんだりしている人たちの体を通過していく。はっと目が覚めたように何かを見つめる人もいるし、きゃんきゃん鳴きはじめた子犬に手こずっている人もいる。私はすこしふしぎで、すこし楽しい。

ちりちりと消え入りそうな音を立て、開封された手紙が舞っている。スマホの画面を見ながら歩いている人は、うっかりすると紙片につるりとすべってしまいそうになる。手紙の主は、なんて遊び心をくすぐる人なのだろう。新しい季節を設計したその人の名前は、街のどこにも書かれていないけれど。

新しい季節は心の先っぽを編み込んで、私たちのわだかまりの毛糸玉をほぐしながら、ころころとひとりでに前へころがっていく。この夏に私は苦手だったフルーツを食べられるようになった。

手紙にはきっとそういう小さな変化のトークンが同封されていて、私たちは知らず知らずのうちにそれらに心をゆるしながら、日々をこうして歩んでいくのだろう。

ああ今日は何しに来たんだっけ。急ぎの用事があったような気もする。けど、それは本当に今しなくちゃいけないことだっただろうか。それとは別に、私には本当にしたいことがあるんじゃないかな。

誰かがまた手紙の封を開け、新しい季節の設計図を読み解いている。美しいアラベスクの暗号のようなその地図を、編み図を、物語を。

何の変哲もない、けれど、満たされた日々のための。

かりかりのワッフルと砂糖の焦げる香りが、淡い陽ざしのスロープを、じゃれあうようにあらそうように絡まり合いながら流れていく。私は終点の続きを行くような気持ちで、街を歩いていく。





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■ 共著『でも、ふりかえれば甘ったるく』㈱シネボーイ出版レーベル/PAPER PAPER

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