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夏の名前をさがして/Blowin' in the cobalt blue

あじさいの色が溶け出したのは、さっきまで降り続いた雨のせいだ。あるいは、決して昨日までには戻れない、感情のせい。

「恋する夏」「旅する夏」「夢を叶える夏」…… 

街中のいたるところで、夏に名前が付けられて、並べられたそばから、つぎつぎと売れていく。みずみずしい朝露のような、“誰か”のための夏。

始まってしまうと終わりがある。怖くて私は立ち止まるけれど、傘をたたんだ人たちは雫をきらきらと撒き散らしながら、どんどん先へ駆けて行く。

真夏日の雨上がりに立ち止まる人は、空や雲を愛する人なのだと思っていた。あるいは、気取り屋の哲学者。でも本当はそうじゃない。ただ、新しい季節に戸惑っている人たちなのだ。

まわりの何人の人たちが、私のように、留まり続けているのだろう?

時間が止まらない限り、夏を止めることは難しい。イノセントとアンイノセントの間で、雨だけが夏をスローダウンさせる。

色あせたあじさいの一枚一枚に私は思考する。何かが始まる前の楽しくワクワクした気持ちだけ残せたら、どんなに楽になるだろう。

指が切れそうなほどのまばゆい光が、視界のすみずみを磨き上げていく。アスファルトはみるみるうちに乾いていき、むっとした緑の匂いが立ちこめる。

どこからか、優しい大きな魚のすがたをした風が現れ、通りぎわ、人々のざわめきや音楽をゆらゆらとさらって行った。

去年は、群れに紛れたちいさなちいさな一匹だった。物怖じせず網からすり抜けるたび、成長して勇ましくなっていく。

耳をすませば、鈴の音のように、からんと氷のささやくアイスコーヒーの夏。もしも苦すぎるなら、ミルクとシロップを注ぎ足して飲み干そう。その一杯は、ひと夏だけの味。

さあ、この夏の名前をさがして。スローダウンして、涙をこらえて。

ちぎれた鱗の代わりにきらめくスパンコールを縫って、大人になったふりをして堂々と歩こう。まだまだ時間はたっぷりある。

どの夏だってすべて、私の時間だ。




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