情報量がないプロフィールだなと思った。写真は屋外で撮られたもので本人の全身が映っていることはわかるがボケててそれ以上はよくわからない。表示名はayu、紹介文もわずか数行で曖昧なことが書いてある。鮎よりも岩魚派ですって締めてあるけど、君が伝えたいメッセージはなんなのさ。総いいね数はまだ50ほど、そりゃそうだ、何もわからんし。しかしよくみると哲学と名画座のコミュニティに入っている。これはもしかするかもしれんぞ。キメキメのポートレートや観光地や飯屋でとった“カジュアル”な写真に最近ヨガを始めました包容力がある男性が好みですとかだらだら添えてあるおもろない大半の女とは一線を画してはいることは明白なので、宝くじを引く気持ちで持ちいいねストックを一つ消費した。

男性視点のマッチングアプリは過酷である。とにかく多少なりとも引っ掛かった女性にいいねの針を垂らし、いつくるかわからない大半は帰ってないマッチングというアタリを気長に待つ。釣りのようなものだ。女性側からいいねが来るのは週に数回あればいいほう、ゼロもままある。太公望にもこんな時代があったのかしらん、いつかは一国の王になりたいね。
女友達に女性から見たマッチングアプリを見せてもらったことがあるが世界が違う。黙っててもいいねが大量にくるので、反応する対象を選別する必要があるらしい。性欲コンクールにおいて演者はいつも男で、審査員はいつだって女だ。男女共同参画社会にはほど遠いと思う。

かれこれ5年ほどマッチングアプリの有料会員をしている。費用は年間で２万ほどだ。ガチャに比べたら大したことない。ちなみに年会費はグーグルやアップル経由で払うより、PCのブラウザから払うとだいぶ安い。1年中発情しているわけではない。何か月かおきにアプリを開きたい波がきて数週間一生懸命にやって疲れ果てて辞める。その繰り返しだ。今は12月、今年最後の波がきた。だって年末だし、なんか寂しいじゃないですか。何年か前の年末年始は好きな女と一緒に過ごしたなあよかったなあなんて、ちょっと思ったりして、でもそんなのはアイカツじゃないと思った。あの日があって今が最高になる、そう言いたいじゃないですか。未来向きの今をキミに見せるね、そうだね、そう言えるように、僕はマッチングアプリで全部を手に入れるしかないよね。とはいっても釣りアクティビティなので自分自身の気合だけではどうともならない。アイドルのステージを評価するのは聴衆なんだよ。

半日後、アプリから通知がきて例の女とマッチングしていた。よかったね、第一段階のみきわめ突破。しかしマッチングが成立したらしたでそこからメッセージのやり取りをしなくてはならない。プロフィールとかよく読んでお互いやっぱなんも話すことねえなとなったらそもそもメッセージのやり取りが全く発生しないこともままある、僕はマッチングしても半分くらいはその状態で放置だ。でもこの女は掘っていきたい。

コミュニティに入っている名画座の話でこっちからメッセージを送った。今月の特集は女が観ていて気持ちいいものじゃないですよ、男はそうではないかもしれませんが、なんてケンカ腰でメッセージが返ってくる。なんで？マトモではないな、つまり素質を感じる。東横線の駅で飲む約束を取り付けた。

第一印象は派手だなと思った。ピアスやタトゥーはないものの、髪の色は明るいし、下北っぽい古着に身を包んでいる。それに顔面が整っている。顔面偏差値的に僕が釣り合わないかもしれないと一瞬卑屈になった。

歩きながら、挨拶もほどほどに彼女は勢いよく喋りだした。以前この駅で友達と飲んでいたらエグいナンパにあいましてとても気分が悪くなったのですよ、しかも終電乗り過ごして路上で寝てたらおじさんに風邪ひくよと声掛けられて家に泊めてもらったのですでも本当にセックスはしていないのですよ。初対面で何言ってんの？しかもこの女、書き言葉で喋ってる！目が♡になってしまう。初邂逅からここまで5分と経っていない。僕の感情は大きく揺さぶられています。予約していた割烹寄りの居酒屋へ入ったら客が少なく大将と常にこんにちは状態のカウンターでなんとなく居心地が悪い。

彼女は首都圏有名公立高校からの一浪有名私立文学部からの中小出版社という経歴だった、成し遂げてない感が最高。学歴も性癖にドンピシャ、たまらん。彼女はよく喋る。発達障害すぎて義務教育では教師に嫌われていたが親が怒鳴り込んで有名公立高校に入れるくらいの内申点を辛うじてキープしたとか。ウィトゲンシュタインは前期がいいか後期がいいかという哲学鉄板の話題で盛り上がった。下北系の音楽が好きらしい。僕と世代は少しズレているが、ART-SCHOOLとかの話題も通じた。心療内科に通っていて、手首はちゃんとイカ焼きだ。なんというか満漢全席だな、性と生と死の。私ヤリマンっぽい見た目でしょ、でも経験人数かなり少ないんですよ。じゃあ生と死の満漢全席で。彼女の文言の節々から物事を冷笑なくナイーブに確信を持って受け入れる特性を感じる。二十代半ばでこの“強度”“純度”はすごいな、二十歳前後ならわからなくもないが。僕は異常な女が好きなのだ。完全に好きになっていた。飲酒量も僕と同じくらいで多くもなく少なくもなく気に入った。この日は終電で解散した。

あっさり二回目の予約を取り付けた。彼女の最寄り駅で飲むことになった。彼女はJR中央線のあまり電車が止まらない駅に住んでいた。最寄り駅もヤバすぎ、信頼できる。駅前の居酒屋を何件か回って、とりとめのない話をした。彼女のリアルの知り合いを僕はツイッターでブロックしていることがわかった。フォロワーのフォロワーはインターネット。この日は普通に帰るつもりだった。何だったかは正確に覚えていないが致命的なバックグラウンドの一致があり、家に連れ込むか～と言ってもらえた。

駅前から15分以上歩いて彼女の家についた。それなりに小奇麗な木造アパートの一階の１K。隠し切れない年季を感じるのでおそらく大家がリフォームしているのだろう。キッチンには半分開いたスパイスの袋がいくつも転がっていた。昨日スパイスカレーをスパイスから作ったが米を炊くのを忘れて困ったと言った。居室は壁面を支配している本棚から零れ落ちている本とその他日常生活に必要な機能を持たない物品で溢れている。あまり床が見えなかった。発達障害っぽくていい部屋だ。思想が物理的に露出しており、コントロールできていない。彼女はハンガーに掛けた僕の+JのMA-1を嗅ぎ、好きな体臭ではないなと言った。思っても言うなよ。別々にシャワーを浴びた。この部屋はあまりにも寒い、生家の土間を思い出す。室内にいるのに凍えそうになる。

しばし部屋にある色んな物体について話した、スノードームとかドライフラワーとか。このドンキの黄色い袋いっぱいの松ぼっくりは突然松ぼっくり拾いたくなって近所の公園で一心不乱に拾ったんだ、すごいね！いざ行為に移るまでの間の取り方もそこはかとなくプレコックスな感じがする、いいね！

2時間くらい前戯していた。そろそろ挿入したいのですけど、と申し出るも答えはNO。上に乗っかって僕の陰茎を両手でこねくり回してしながら、この終わることのないセッションを楽しもうではないか、とのたまいやがった。おもしれー女。

布団に潜っても寒い。ぬいぐるみを枕にしたら怒られた。母親からもらったのだと言った。翌日の夕方までぐちゃぐちゃな状態のまま過ごした。もっと他人に興味がない人かと思った、メンヘラにモテたいなら何考えているかわからない感をキープしたほうがいい、とアドバイスを貰った。

時は12月下旬である。年末年始一緒に過ごしたいと提案した。彼女は躊躇していたが、大晦日に連絡するといって別れた。こねくり回された陰茎の痛みが引くまで24時間かかった。

31日の11時頃、まだ惰眠をむさぼっていると電話がかかってきた。寝ぼけまなこで出ると彼女だった。午前中に連絡してくるとは。まず一言目には僕の口のねちゃねちゃしてる音がして嫌だという。寝起きだし知らんがな、午前中に電話してくるほうが悪い。２Lのペットボトルのお茶に直接口をつけて褐色の液体を口に含んでゆすぎ、そのまま飲みこむ。ほら、これで少しはマシになっただろう。とりあえず夕方合流することになった。

その日は焼肉を食べて、カラオケでオールをした。クリープハイプの左耳を歌えばメンヘラにモテるよと教えてもらった。彼女は終電か始発で帰ると言っていたが、明け方になんか性欲がでてきたと言って始発で僕の家にきた。元旦の始発でまだよく知っているとは言い難い女が自宅に侵入してきた。入ったことのある男の部屋の中で一番綺麗、心が弱い未成年の家出少女を連れ込むのに適していると思うマジで、と褒められた。

それから丸二日部屋から出ずに絡まりあっていた。絡まりあっていた、という表現は極めて正しい。雑煮をつくるときも、酒を飲むときも、性行為をするときも、睡眠するときも、おおむね絡まりあっていた。やることがないのでエヴァンゲリオン新劇場版を全部みた。アニメはエヴァぐらいしか観たことがないらしい。この時のシンジはどうこう、レイかアスカかマリかといったインターネット的には擦り切れかかったような話題。彼女はエヴァを男の家で観るという内容の短歌を詠んだことがあると言った。しかし詠んだ当時はエヴァを観たことはなかったらしい。短歌って実際に感じたものを詠むものじゃないのかよ。三日になってそろそろ帰ると言いだしたので、駅まで送った。途中、チェーンの喫茶店でブランチを食べた。学生時代は実家近くのこのチェーンでよくレポートを書いていた、あの頃の閉塞感を思い出してムカついてきた、と彼女は言った。この日の僕はなんだか未来に希望を感じていたと思う。

翌週は神田で蕎麦を食べて、徒歩で神田川の周辺をぶらぶらした。彼女はジョゼと虎と魚たちを観たがめちゃくちゃよかった、サガンもいい、と言って無垢な笑みと共にサガンの悲しみよこんにちはをオールドコーチから取り出してみせてきた。本編で読んでいたのはそれじゃなくね？二十代も半ばなのにピュアすぎだろなどと思ったが口にはしなかった。睦月はまだ寒い。彼女は身体が温まるが汗が出ない速度で走るといいのだと言って小走りで走り出した。市ヶ谷の釣り堀まで行って鯉を釣ろうと試みた。彼女は何匹も釣ったが僕は一匹も釣れなかった。夜は彼女の家に行って例のクソ寒い部屋で寝た。翌朝の玄関先で別れ際に次回はふぐが食いたいと僕は言った。風俗みたい？風俗ってこんな感じなの？と聞き返されてゲラゲラ笑った。その後何度かふぐ連絡したが用事があると断られた。嫌な予感はした。ずっと彼女のことを考えていた。

休日の昼下がり、近所のオサレカフェで安っぽいトレンドの服に身を包んだつがいの皆さんをバカにしつつ闘争領域の拡大を読んでいると長文のLINEがきた。性欲と恋愛感情の区別がついていなかった、正直お前の挙動に生理的に耐えられないことがままある、などなど悲惨な文言が並び、もう無理だと思うで締められている。ああそうですか、分かっていたよ、物語はいつも突然大きく動く。線路の行く先が崖だとしても俺は加速を止めない、そんな後ろ向きな前向きさをここしばらく抱えていた。これはガチ恋ではないと自分に言い聞かせていた。会えない間リフレインする苦しみがたぶんそうではないと言っていたが。

冷静を装って彼女に通話をかけた。彼女はすぐ出た。小一時間ほど話した。彼女の喋りは文章ほどキツくはないが、まあ中身は変わらない。僕はこういう結末は予想していたし彼女の文言によって自分が傷ついていないと主張した。前半はそうだけど後半はそんなわけねーだろ、俺は傷ついている。僕は自分が精神的に傷ついていることを“魅せるの”が下手くそなのだ、インターネットのフェイク野郎どもと違って。なんやかんやあって、現在はお互い感情が高まっている可能性があるので、一か月間を開けたらまた連絡をとっていいという結論になった。

というわけで僕はアイソレートされた状態になった。ガチ恋は冷めるのも早いとバカにされることもある。僕も彼女について思うところはあった。接続を切離されて、巨大恋心に覆い隠されていた否定的な感情が鎌首をもたげる。あいつはおもしれー女だよ。スペックと発達エピソードだけ見たら最の高だよ。でも端的に言って彼女は人生を推し進めるための活動を何もしていない。何もしていないから二十代半ばにもなってジョゼ虎にめちゃくちゃ感動してしまうのだよ。

彼女は終始自己を取り巻くものに文句を言っていた。僕だけじゃない。社会に職場に友人に異常な自分を受け入れろ、私と関わったのだから受け入れないほうが悪いと。自己の適正にあった適切な戦場で戦うことは大切だ。芦名勇舗が経営するスポーツジムに僕が働かせてくれなんていっても門前払いだろう。でも周囲に変革や理解をただ求めるのは間違っている。アメリカに移住して、俺は日本人だからお前も日本語を話せと白人に言って回ったらどうなる？彼女の振る舞いはそんな風にみえた。それでいて無条件に自分を受け入れて守ってくれる家族のことは好意的に思っている。理解ある彼くんが欲しいのではないの、と言ったらと激昂したことがあった。つまりはそういうこと。

僕が求めているのは、このクソみたいな世界になんとか折り合いをつけて、必死にあがいて、より苦痛のない状態を目指すサブカルオタク女なのだ。怒りも不満も持っていい、湧き上がってくるネガティブな感情くんたちをどう活用するか、それが大事だ。前を向け、上を向け、エアコンは23度、ディプレイは2枚、麻婆豆腐に花椒は多め、チケットは昼夜申し込む。日々を少しでも自分好みにしろ。マイナスを少しでもゼロに近づけるために建設的に動け。夢は見るものじゃない、叶えるものだよ。

その後、彼女には連絡をとっていない。彼女のほうから連絡がくることもない。

今でも僕はたまにマッチングアプリを開いて釣り糸を垂らす。漠然とした不安とか孤独とか、ありふれた悲観に苛まれながら、画像とテキストにいいねする。視界良好、おはよう、みんな。