加齢について

あなたが歳をとったなと感じる時はどういう時ですか?

この手の質問はトーク番組や一般人の飲み会でも度々行われる。

高校生になった時、20代になった時、社会人になった時、対象は違えど至る所で聞くテンプレートのひとつである。

社会人になったと実感する瞬間であれば、家に帰ってネクタイを外す時と答える人がいるかもしれない。

中学生になったと実感するならば、買い食いをするようになったと答えるかもしれない。

なんとも可愛らしいものだ。

ではでは、オッサンになったと実感する時はどんなことだろうか。
自分自身と照らし合わせて考えてみる。

ビールが美味しいと感じるようになったこと。

ここ最近、ビールを飲む回数が増えた。
一般的にビールが増えた原因にストレス解消や、『飲まなければやってられない』と答える人が多い。
しかし、あれは決まり文句として言っているだけに過ぎないのではないだろうか。

認めてしまおう。ビールが美味しいのだ。
それ故に毎日飲むほどビールが好きなのだ。

話を戻すがこのビール好き、オッサンに限ったことではない。女性でもビールが好きな人はたくさんいる。
だから、これはオッサンになったと実感するというよりも、どちらかというと大人になったと実感した時である。

次に、自転車を乗らなくなったこと。

昔ほど、乗る回数は減ったがそれでも時々乗る。
流行りのなんちゃらバイクとやらは持っていない。所謂ママチャリだが、風を感じるには申し分ない。
なによりも見慣れた風景でも車とは違う視線、スピードによって世界が変わる。天気のいい日は乗ってみたい。
なのでこれも当てはまらない。

では、親父ギャグを言うようになったこと。

ピコーン、ピコーン、ピコーーーン。
これはまさしく、そうではないか。
言葉遊びは昔から好きだった。ダジャレも好きだった。
しかし、そのダジャレ好きが最近では親父ギャグに進化を遂げようとしているのだ。

僕が思うに面白いダジャレ、うまいダジャレを考えた時に発言するのがダジャレ好きなのに対し、
思いついたダジャレをなんでも言いたくなるのが親父ギャグだと思う。
最近の僕はこの状態である。

ダジャレ好きは品があるが、親父ギャグには品がない。

そもそも品があるダジャレは「駄洒落」ではなく、「洒落」なのかもしれない。
そう考えるとダジャレ=親父ギャグかもしれない。

繰り返すが親父ギャグは品がない。それは面白いと思って言っているのではなく、ただ言いたいから言っているという点にある。
だから受けようが受けまいが関係ない。

しかし、考えようによっては他人の評価を気にしない勇気を持った行動ではないか。
「これを言ったら受けないかも」とそわそわするのではなく、頭の中にでてきたワードを手当たり次第ぶっ放す。
攻めの一辺倒で防御など一切ない。周りの視線など気にも留めない。土着的なその姿には哀愁さえ感じる。
発言力がない日本人。空気を読み過ぎる日本人。一歩が踏み出せないそこのあなたも勇気を手にしようじゃないか。

僕は言う。思いついたダジャレは手当たり次第ぶっ放す。

だから猫が横になっていたら声を大にしてこう言いたい。

「猫が寝転んだ!!」

布団が飛んで行ったら大声で叫びたい。

「布団がふっとんだ!!」

歳を取るのも悪くないではないか。


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