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【書評】そもそも教育とは何か、学校は何をするところか_苫野一徳

本を読んだわけではないのですが、ある雑誌に特集記事として載っていたので、その内容をまとめたいと思います。

苫野一徳氏は、私の友人が推している人物なので、前々から少し興味がありました。しかし、なかなか書籍を読む機会もなく、「個別化」「協同化」「プロジェクト化」の意味も何となく捉えておりました。

今回、読んだ雑誌に書かれていた内容を私なりに解釈して、3つのポイントとしてまとめたいと思います。

著者について

苫野一徳

1980年生まれ、早稲田大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(教育学)。熊本大学教育学部の准教授。
著書として「教育の力〜すべての子どもに<生きる力>を」(講談社現代新書)、「どのような教育が『よい』教育か」(講談社選書メチエ)などがある。

現在は、2020年開校予定の幼・小・中混在校「軽井沢風越学園」の設立に理事として参加しています。

ポイント① 教育が目指すものとは?

苫野氏は「教育とは何か?」について、以下のように語っています。

相互承認の感度を育むことを土台にして、すべての子どもたちが自由に生きられるための力を育むこと。

自分が責任を取るという前提のもとで、その人自身が生きたいように生きるということ観点が、これからの社会には必要です。

ですので、生きたいように生きるために必要なスキルを身につけさせることが教育で大切になります。

しかし、相手のことを考えずに、それぞれが生きたいように生きるということは、単に「わがままを言う自由」を許してしまうことにつながりかねません。

そこで重要なのが、他者も自分と同じように自由を持っているという概念を持つことです。苫野氏は、これを「自由の相互理解」と言っています。

お互いの自由を承認できるような意識を育み、同様に自分の自由も主張できるだけの力を子どもたちに持ってもらいたいというのが苫野氏の考えです。

ポイント② 課題は、教育現場へのシステム的実装

苫野氏は、以下のように語っています。

私たちが今悩む教育課題の多くは、プラトン、ルソー、デューイなど、前の時代の哲学者によって答えが出されているとも言えます。

しかし、現状は教育課題は山のように積み上がっており、その多くは解決されていません。なぜなら、課題解決のための「原理」と「実装」とが大きくかけ離れているからです。

つまり、教育課題を解決するためには、抽象化された考えを実際の行動に落とし込むための、具体的なプロセスを考える必要があるのです。

近年、教育界で良いとされている理論は、先進的な実践として検証されています。さらに、その結果はインターネットを通じて、広く公開され共有されています。つまり、教育課題を解決するための原理を実装するための準備は、すでに整っているということになります。

今後は、これらをどのように教育現場へシステム的に落とし込んでいくか?が課題となっていくでしょう。

現在、それは高大接続教育やカリキュラム改革として、現実味を帯びてきています。

ポイント③ 学びのコントローラーを持たせる

自由に生きるためには、子どもたちが「人生を自分で好きなように選んでいいんだよ」というマインドセットを持つことが必要です。

学びも同じではないでしょうか?

苫野氏は、子どもが自由に人生を選べるように、学びについても自由に選べるとしています。それが「学びのコントローラー」という概念です。

緩やかな協同性に支えられた個の学び。個別化と協同化の融合が大切です。

この「学びのコントローラー」を子どもたちが手にするために、学びの「個別化」と「協同化」が必要です。

「個別化」とは、一斉授業への限界に対応するためのものです。

もちろん、統一的に情報を伝達するという点では、一斉授業にもメリットがあります。しかし、これだけ多様な生き方が認められている現代において、教育における統一的な情報伝達はデメリットにもなります。

また、個人の学ぶ「ペース」や「興味・関心」、「学び方」は、人それぞれ違うものです。効率的に学びを進めるためには、個人の学びに合わせた「個別化」が必要となるのです。

しかし、個別化にも、もちろんデメリットが存在します。
それは「孤立化」です。

この「孤立化」を解消するためのものが「協同化」になります。

当たり前のことですが、人は1人で生活することはできません。他者との関わりがあって、充実した人生を生きていけるのです。

これは、学びにおいても同様です。

充実した学びを実現するためにも、助けの必要なときに、それに応じて手助けしてもらえるような環境を用意するのは言うまでもありません。

この「個別化」「協同化」をより実践的にしたものが「プロジェクト化」です。

子どもたち自身が「問い」を立て、その問いに対する子どもたちなりの「答え」を、「やり方」を選びながら試行錯誤していく。つまり、「プロジェクト化」とは、探究を通じた学びのことです。

この探究活動を自発的に行えることこそが、子どもたち自身が「学びのコントローラー」を持った状態であると言えるでしょう。

恐怖を与えるよりもワクワクを与えよう!

これまでのポイントを読んで

「そんなこと言っても、子どもたちは自分たちで学ぼうなんてしないよ。」
「未熟な子どもたちにそんなことができるわけない。」

と考える方もいらっしゃるのではないでしょうか?

確かに、私が高校生を見ている中でもそのように感じることが多々あります。

しかし、それはこれまでの学校教育で「恐怖」を意識され過ぎたのかな?と考えています。

「〇〇してはいけません。」
「〇〇のとおりにしてね。」
「みんな〇〇しましょう。」
「もし〇〇しなければ、◆◆のようになってしまいますよ」

といったようなことは学校教育の中で、よく飛び交うワードです。

このワードこそが、子どもたちにとっての恐怖です。
1つのレールからはみ出してしまうことを許さない教育者からの、見えない圧力が子どもたちの「失敗できない」という恐怖につながってしまっているのではないでしょうか?

思うに人は、相対的に見て、恐怖や不安では動きにくい。

私も同様の意見でした。
「間違えたら怒られる」という状況の中で最も良い策は「何もしない」なのです。

「何もしない」ことが、その人の生きたいように生きるということにつながるのでしょうか?

もちろん、つながりません。

では、どのようにしたら子どもたちが生きたいように生きていくのでしょう。

それはワクワクする高揚感ではないでしょうか?

幼い頃に、どうしても欲しかったおもちゃやゲームを手にしたときにワクワクした覚えはありませんか?そして、それらを手に入れたら、それに夢中になっていたことでしょう。

学びも同じです。

このように学べば、あなたの将来がこのように開けるよね?
というワクワクを促すようなマインドセットがこれからの教育界では必要なのだと思います。

私も現役教員として、生徒と関わるのですが、わざとワクワクさせるような問いかけをするとそれだけで、生徒はのってきます。

この問いかけを、普段の学校生活からの積み重ねて実践していくように私も意識していきたいと思います。


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