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仔牛の誕生

人生ではじめて、いのちが生まれる瞬間に居合せた。

牛の出産だ。

人間の出産にさえも立ちあったことのなかった私。

予定日の数日前から、ママ牛は他の牛と鉄パイプの格子で離された。他の牛と同じように放牧してしまうと、生まれた赤ちゃんの移動が困難なためである。牛舎で産んでもらったほうが、安心なのだ。

産気つく前から、ママ牛は食欲が減退していた。横になって、テレビを見るときにするような片足を上げるエクササイズをしていた。お尻の方に目をやると、おりもののようなものが出てきている。

あ!

誰かの叫ぶ声が聞こえた。

ちょうど午後のお仕事が終わった頃だった。持っていたホウキを置いて、急いで声のする方へと向かった。お尻を見ると、真っ白な蹄と薄ピンク色の鼻、そして、べろ〜んと長く出た舌が見えていた。

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ベロ噛んじゃってる!死んじゃってる!と思った私は大騒ぎ。牛には歯がない箇所もあるので、ベロが出ていても問題はないそうだ。ほっと一息。ママ牛は座ったり、立ったり、歩き回ったり、力んだり。体制を変えて、辛そうにうなっていた。

ついに、首のあたりが見えた。すると、あれよあれよという間に生まれてしまった。

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経産婦だったので、とてもスムーズにgive a birthしていた。

お母さんの穴から出る途中の仔牛に、魂が宿った瞬間を目にすることができた。仔牛の身体が完全に穴の外に出た瞬間、仔牛の目に何かが宿り、この世に存在する、いきものになったように思えた。

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ママ牛は、仔牛をひたすら丁寧に舐めていた。余すところなく、大切そうに、気遣うように。優しい、温かい、母の眼差しだった。

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心なしか、泣いているようにも見える。

生まれた瞬間、私たちはみな黙ってそこに立っていた。誰も大声をあげて、生まれたことを周囲に知らせるようなことはしなかった。ただその神秘的な空間に圧倒され、畏れ、愉しんでいたのだ。

次第に、周囲のおばさん牛が集まり始めた。なんだなんだと、鉄パイプの隙間から顔を出して覗き込んでいる牛も何頭かいた。おばさんは、私に顔を近づけ、ひたすら凝視していた。それは、貴重な瞬間を写真におさめようとしていた私に自制を促すようであった。

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おばさん牛も、仔牛をなめる。

仔牛が立つ瞬間を、どうしても写真におさめたいと思っていた。アングルを変えて写真を撮ろうと移動した瞬間、お母さんがものすごい形相でこちらを見た。口の中が丸見えになる程、大きな口を開けて怒鳴りつけられた。

一瞬、本当にどつかれてしまうのではないかと思った。ごめんなさい、と何度も繰り返しながら、格子の外に出る。安全地帯にいても、大きな目でギョロリとこちらを監視している。

仔牛は、数時間後、ママ牛の乳を飲むことがないまま、仔牛小屋に移された。

まだ足元がおぼつかない仔牛。お腹を痛めて産んだ愛娘と引き離されてしまったお母さん。胸が張り裂けそうな思いだった。

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キス。

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生まれたぞ〜!と、雄叫ぶお母さん。




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