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ずくなしの記【1】

ずくがない」という便利な方言を教えてもらったのは四半世紀ぐらい前の話で、バイト先で隣の席にいた同僚が「最近母が『ずくがなくって刺繍もできない』とか言ってくるんだよね言葉に「ずくってなに?」と聞き返し、「うーん、共通語だと説明しづらいんだけど」とあれこれ例を挙げつつ教えてもらったのだった。

信州の言葉だそうで、学童疎開で別所温泉に滞在していたこともある母に聞いてみたところ「『ずくなし』っていうのは聞いたことあるわね」とのことだった。

色々と挙げてもらった例から察するに「ずく」というのは「何かを根気強くやり通す気力」みたいなもののことで、「ずくがない」は使うけど「ずくがある」とは言わない。「ずくなし」はそこからの名詞化で「怠け者」「根性なし」みたいなこと。標準語でこれを言ってしまうと、ちょっとどぎつくなる感じがあり、方言ならではのニュアンスの、便利な表現だなぁーと思っている。

コロナ禍ステイホームの最中にリウマチが悪化したり家族の介護が始まったり、というあれやこれやはもちろんあったけど、ここ数年そういう個別の事情では説明しきれないような「ずくなし」状態に陥る機会が増えた。というかむしろ年中ずくなしである。ずくなしがデフォルトで、たまに馬力が出る程度。

これが噂の更年期障害とか中高年クライシスなのか…とかも思ったが、ホットフラッシュもなければ勝手に涙が出てくるわけでもなく、ただなーんかやり始めたことを、やり切ることが出来ないのである。そしてそのことに対する強い罪悪感も感じないのである。

リウマチの治療薬の影響はまぁまぁある気はするが、それだけでもない気がする。肉体的な疲労感以上に、あと一歩の踏ん張りがきかないというか、断捨離も読書も新しく始めようとした習慣も「ダルいなー」「今日はやんなくていっか」となってしまい、その後再開するのにひどく時間とエネルギーを要する。

この春の部署異動後も、仕事は仕事なのでゴリゴリやってるし、その点では「燃え尽き症候群」とも思えず、子育ては終わってるので、この状態で何か酷く困るかと言えばさほど困ってもいない気はする。いまんとこ母の介護も要支援ぐらいなので困ってないのかも。でも「10年前の自分とはぜんぜん違う」のは確かで、「とにかくずくがない」という言葉が一番しっくりくるんである。

部署異動や持病のこともあって、最近定年後の暮らしのことを少し真面目に考えるようになった。少し年上のお姉さまがたのライフスタイルやら「何歳までに何をやれ」的なハウツー本から何かを学ぼうともしているが、いかんせんずくがないので、何を始めてもどうにも続かない。ハウツー本読了すらできない。何もかもヤバいぐらい続かない。自分が他人になった気がする。

実家の援助もなくシングルマザーで難しい子育てをしながら深夜にTOEICの勉強して転職活動バリバリしていた私よ、どこへ行った。再会したら「そんなに無理すると、胃、壊すよ」と教えてあげたい。TOEICは当時850点超えたけど、その資格使う機会なかったよ、とも。ずくのない大人の無責任なアドバイスなので、30代の私が聞いたら「うっせぇわ」と心の中で毒づいたに違いない。ずくなしの50代になってしまうと、ガッツのある若者オソロシイ。

しかし、人生50年の時代でいえば、いまの年齢は最晩年もいいとこなのだ。あと30年生きるだけの貯金をしろだの資格をとれだの親友は最低3人つくれだの、昔の人はこんなにヤイヤイ言われることなくご隠居さんをしてたはずなので、それでも誰も困らなかったのが、どうして人は皆70までイキイキ働け的なことになっているのか。資本主義の敗北を感じる。よくわかんないけどテキトーに言っている。

生き生きセカンドライフをやりたい人を咎めだてする気はないのだが、ずくなしに生存権なし的な風潮も、なんかいただけない気はする。

何歳になっても新しいことにチャレンジして生き生きと過ごしてる人ほど、素敵なセカンドライフを人にも見てもらいたいと思うだろうから、世の中まともな人はみんなそんな感じなのかな、と錯覚してしまいそうになるが、実際のところ、「かくありたい」と思いつつも、日々私のようにずくなしモードが恒常的に発動していて、せっかくの夜の自由時間も、資格の勉強の代わりにアイドルオーディション番組の動画チェックしてるだけで終わる人も結構いるのではないか。みっともないから言わないだけで。だとすればみっともなくとりとめのない記録を公開しても別にドン引きはされないのではないか?

そういう淡い期待をもって久しぶりにnoteを更新した。謎の通し番号もつけてみたが、No.1だけで終わる可能性も高い。なんせずくがないのだ。

でも一応通し番号はつけてみた。自分は80歳まで生きる気がしないのだが、うっかり生き延びた場合はあと1万日ぐらいの時間があるので、うち3%しか文字を書けなかったとしても300ぐらいのエントリーにはなるのだ。すごいな。




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