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映画「止められるか、俺たちを」観てきた。

聖地シネマスコーレで観られる人も羨ましいですが、こんな熱い看板をスタッフが自作しちゃう上に、ゴールデン街も近いテアトル新宿で観るのもなかなかオツだと思います。

ロビーでは若松孝二監督が実際に使っていた台本とか当時のポスターの展示もやってました。いつもながら熱いですね、テアトル新宿。

井浦新さん目当てで行ったんですが、予想通りすごく良い芝居でした。ほんといま脂乗ってる感ある。彼以外にも若松孝二監督ゆかりのスタッフ、キャストが多く、チラっとしか登場しない役もおそらくツウ好みで、一瞬見ただけでも風貌や台詞で具体的な実在人物が思い浮かぶシネフィルの人たちには、たまらん感じなのではないでしょうか。

私はそこまで詳しくないので、見ながらわかったのは大島渚や赤塚不二夫、時空を超えて登場するゲージツ家KUMAさん、三島由紀夫や赤軍派ぐらいだったけど、とにかく画面内の情報密度が濃いので、時代のサインや小道具、場所を見逃すまいと、すごく一所懸命観ました。

1970年代の歴史や映画界の事情、若松孝二の映画に詳しければ2倍3倍楽しめるのだと思いますが、でもそういう予備知識のない若い人が観ても十分刺さる青春映画だと思うので、そこはあんまり構えなくていいと思います。例えば一度予備知識ゼロで鑑賞して、パンフレット買って熟読してからもう一度見る、みたいなのもアリかと思います。ていうか私がそれをやりたくなってるので(パンフ読んでから二度見)。

▼以下、ネタバレあり注意▼

私は門脇麦ちゃん演じるヒロインのめぐみと同じ女性なので、「若くて青くて荒々しい1970年前後のモノづくりの世界ステキ!熱い!カッコいい!憧れるぅ!」なんていう風に単純には思えず、あの時代のクソマッチョな世界の中で便利なみそっかすとしてもがきながら生きて死んでいく女たちの姿のほうが印象に残りました。

正直、パンフレットに収録されてる「ご本人登場」座談会とか、オッさんのホモソワールド全開すぎて疲れちゃって、読むのに休憩挟むぐらいでした…パンフほんとに内容濃いので、これ千円は安すぎだと思いましたが。

このホモソワールドを三年にも満たない短い時間で全力で駆け抜けた、ひとりの女性ピンク映画監督の存在を、フィクションの形であっても残してくれた白石監督には感謝しかないな、って感じです。

理屈もやることもめちゃくちゃだし俗物だし、ぜんぜん神さまじゃないゴリマッチョ親父なのに、どうしても憎みきれない人間愛に溢れた「おやっさん」としての若松孝二とその周辺の頭でっかちな男たち、彼らのホモソ全開ワールドの中で疲弊していく女(たち)。その姿を「あの頃への憧憬」に流されるだけじゃない、残酷さを備えた絶妙のバランス感覚で映画化した白石監督、ほんと優秀だな…と思いました。

私が一番ああぁあ、ってなったのは、パレスチナで撮った映像を、全共闘崩れの左翼あつめて全国まわって上映するぞーみたいな話になったときに、左翼活動家の女子3人ほどが、若松プロの事務所でおにぎりを握ってるシーンです。年齢的に自分が経験したわけじゃないけど、一瞬見て、実に1970年代だな…!って思いました。

やれマルクスだー革命だーなどと御託を並べても、女子におにぎり握らせてるのが1960年代、70年代の「革命家」たちの限界なわけです。ちゃんちゃらオカシイです。旧体制を破壊するんなら、男も女と一緒にご飯ぐらい作れや、って話です。

こういう見せかけの「平等」コミュニティの中で便利に下働きをさせられながら、それでも自分は「男たちと同等の革命家である」という体裁で、聞きかじりの革命論を語る赤軍派の遠山美枝子のイタい感じを、そのままイタい感じに描いてみせる残酷さ。このへんに白石監督のセンスがよく表れてるなーと思うのです。

彼女が作った下手くそなお握りをみた若松孝二が「お握りひとつにぎれないで、革命もヘッタクレもないだろ」と言い放つシーン、私的ハイライトでした。

共産主義だ男女平等だ、とか言いながら、女はご飯づくり、という性的役割分担をガッツリ女の子たちに押し付けて平気の平左というマッチョな左翼活動家たちと、芸術だ自由だ革命だ、と鼻息荒くしながら、紅一点のめぐみを便利に使い倒し「屋上からの放尿」という男だけの仲間儀式から締め出しておいて、還暦過ぎのおじさん座談会においては「トンがってて特別な女の子だった」というセンチメンタルな思い出話として(のみ)彼女の生と死を消費する、かつての若松組若手クリエイターたちが、私には重なって見えました。

座談会でのおじさんクリエイターたちは、めぐみのたった1本の監督作品のことすら実はたいして覚えていなくて、ただ事務所にいた『根性あったし仕事もできたけど「俺たちとは同等ではない」かわいそうな女の子』の【女の子としての】思い出を懐かしく語りながら、若いモンが作った『なってない』映画をこき下ろしているんです。このゴリマッチョなオジイサン像から少し遠いのは、長らく中東に行きっぱだった足立正生氏ぐらいのもので、あとのレジェンドの方々については、あんたら、そういうとこやで…!っていう気持ちが口から臍から漏れそうでした。

女だと仕事じゃなく女としてサカナにするんだよな、仕事としては話題にしないんだよなっていう、このバカ壁的なものの前に立ち尽くす感じ。伝わるでしょうか。

私は若松プロのこととか初期作品とかぜんぜん詳しくないけど、この感覚ってたぶんそんなに間違ってはいないと思うんですよ…だって私も働きはじめた若い頃には、オッさんホモソワールドの中で「いいから私に普通に仕事させろ」「仕事で評価しろ」というモヤモヤを抱えながらもがいてたから。

そういう仕事生活の中では、若松孝二みたいに厳しいけど可愛がってもくれる「おやっさん」系の方々にも何人か出会いました。だけどそれだって「女だてら」であるとか「男勝り」であるとかの評価の結果だったり、時には『優秀な女性を使いこなしている俺』アピールの道具として利用されている側面もあったりするんですよね。もちろんそれが全てじゃないし、尊敬してる方も多いけど、多くの場合はそういう含み込みでの『優秀な【女性】』評価なわけで。

性別を意識せず人として仕事をして、その仕事をシンプルに評価される、という土俵に、どんなに成果だしても立たせてもらえない。男性だとペーペーの後輩でもやらせてもらえることに手をのばすと、なぜか邪魔される。

20代後半でシングルマザーとして社会人になってから、その手のことを嫌というほど味わってきた私にとって、めぐみが疲弊していく過程って一通り経験済みの話で、余計に思うところがありました。

かつての勤め先で、同期の誰よりももっさりとした仕事ぶりの同僚男性の給料が私のほぼ倍で、その理由が「やっぱり男だからなぁ、これぐらいだしてやんないと家族も養えないだろ」であることを知ったとき、シングルマザーの世帯主として一人息子を育てていた私の中で何かが音を立てて切れたんですが、あのときのあの感じを、この映画は繰り返し容赦なく突きつけてくる。

だから「若松孝二に刃を突きつけないと」というめぐみの台詞が意味するものを、自分はわかってるな、って思っちゃったんですよねぇ。フィクションの映画を観てこんな気分になるのは久しぶりでした。

私はこういうのを通過して無事に生き延びておばさんになったけど、私がいま享受してる小さな自由のひとつひとつも、彼女たちみたいに男社会に最初の一人として飛び込んでいっては次々と討死にして消えていって女性たちが、ぶつかって傷つきながら獲得してきたものなんだよなぁっていうことを、忘れちゃダメだよな、って思う。

この映画を撮ってるのが男性監督だっていう事実もまた、過去と現代の日本社会は地続きなんだよなぁってあらためて感じさせることだし、とにかく色んな意味で刺さるものが多い映画でした。

ラストの若松孝二ひとりのシーンは、話はぜんぜん違う映画なんですけど、ふとクリント・イーストウッドの「ホワイトハンター ブラックハート」のエンディングを思い出しました。

私この映画わりと好きなんですけど見たっていう人にあまり会ったことがなくて、たまに見たという人に出会ってもつまんなかったっていう人が多いので、もし「わりと好き」という人がいたらお友達になりたいです、すごく。

なんだか個人的な話を書き連ねた感じになりましたけど、映画としては、青春の荒々しさと美しさと醜さと挫折、そういうの全部が詰まったすぐれた青春群像劇で、恋愛ものの要素もあるし、映画好きのひともクリエイターも青春真っ只中の人も「あの頃」を懐かしみたい人も男も女も観て損はないと思うので、機会がある方は是非ご覧くださいませ。ほんと、損はないと思います。

#映画 #とめおれ #止められるか俺たちを #井浦新 #門脇麦 #テアトル新宿 #1810 #若松孝二 #コンテンツ会議

以下はオマケというか蛇足ですが…

この「おにぎり娘」の遠山美枝子は、のちに浅間山荘事件を起こす赤軍派の女性メンバーで、いわゆる「山岳ベース事件」でのリンチによって殺害されるわけですが、その粛清死の経緯については、若松孝二監督による映画「実録 連合赤軍」とかもありますが、山下直樹の漫画「RED 最後の60日そして浅間山荘へ」の“天城”の死のくだりがが詳しいです。

余計な解釈や感情描写がないので、フィクションにも関わらず一番事実関係がわかりやすい作品のような気がする。コミックスが入手困難で、高値になってるようだけど、Kindle版は普通の値段で買えます。

REDシリーズ、実は全部は読んでないんだけど、たぶん読む価値のある漫画だと思うなぁ。どんな状況になると平凡な学生が人殺しになるのか、とかって、なにかの拍子でそういう状況に陥る『前に』読んでおいたほうがいいと思うんですよね。「蝿の王」「THE WAVE」あたりとあわせて。




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