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メタバースとジェンダー

Facebook社が社名をMetaに変更することを発表してから、NIKEディズニーなどの大手参入が相次ぎ、一気に注目のバズワードになった「メタバース」。

SFでサイバースペースを意味する概念は昔からあるが、オンラインの仮想世界を「メタバース」と初めて定義したのは1992年のSF小説「スノウ・クラッシュ」。「超~」「高次~」を表すMetaと宇宙を意味するUniverseを足した造語。
ファッション・メタバース、(ビジネスの場としての)エンタープライズ・メタバース、エンターテインメント・メタバース、ゲーム・メタバースとさまざまジャンルの経済圏が構築される機運が高まっている。メタバースの歴史や現在定義されようとしているものについてWebで読めるおすすめの記事はこちら。

メタバースの定義や未来や商機については、たくさん語られているので、これから社会実装される仮想空間でのジェンダーについて考えてみる。
主にふたつ、アバターの女性の表象にまつわることと、インターネット空間での女性の境遇について。


アバターは「自由」なのか

メタバースで存在するために必要なアバターは、見た目を自由に選べて声色はボイスチェンジャーを使えるので、(使える言語の制約がなければ)白紙の状態からアイデンティティを構築できる。

アイデンティティとは、自らが抱く自己意識、そして自己認識と他者承認の相互作用で社会的につくられて変容するもの。
遺伝子や社会が決めた人種や性別を問わないアバターが作られるメタバースは、新しいアイデンティティを確立できるユートピアなのか。

VTuberねむ氏とVRアバター文化の研究者ミラ氏によるソーシャルVRの調査で、ユーザーの9割近くが男性ではあるものの、大半のユーザーがアバターでは女性の性別を選んでおり、さらに人間以外の表象を好む結果が出ている。

女性的な表象への偏りは、過去議論されてきた男性が作るSFの世界やロボット、AIアシスタントの「Fembot」の課題を想起させる。
当事者の女性ではなく、男性たちが好む理想化された女性像の投影がアバター文化でも起きているのかもしれない。
「Fembot」について過去に書いたnoteはこちら。

男性が仮想空間で女性のアバターを好むことについて、当の本人にとって美少女アバターに受肉することが、仮想空間で存在することに重要な意味を持つ場合と、「客体化された性的な像」として女性の記号を簒奪しているケースは明確に違うが、当事者の言動や行動を追ったり、当事者の意思表示がなければ判断がつきにくい。

仮想空間のアイデンティティに依拠したアバター独自の「ジェンダー・エクスプレッション(自分が表現したいジェンダーの服装、髪型、仕草、言葉づかい)」があるとして、物理空間と仮想空間でジェンダーの流動性(性的流動性)があるアイデンティティがあっても不思議ではない。

「バ美肉」という言葉がテレビで取り上げられるほど広まった現在、物理空間では男性として生活を送り、仮想空間では少女として存在し可愛く装っている人がいるのは特に驚くことでもなくなってきている。

装いの自由について少しだけ踏み込むと、女性が主体的に露出度の高い服装で装ったりすることを揶揄するのは、スラット・シェイミングと言われる行為になる。好きに装う自由な権利に対して「ふしだら」と非難する行為に対し、あえて露出の多い格好をして規範を押し付けることへ抗うフェミニズム運動もある。

生身の身体ではない2.5次元のアバター表現では「客体化された性的な像」と「主体的に性的に装う」ことの違いを説明することは、現時点ではハイコンテクストかもしれない。

美少女アバターは広告表現でも議論が起こることの多い複雑なもので、親しまれ起用されることがあるが、露出が高いものがあるため女性の記号の簒奪と捉えられることがある。
2019年に千葉県警のキャンペーンで起用されたVtuberのキャラクターが胸が揺れたりスカートが短いなどの理由で抗議を受けコラボPR動画が取り下げられた。

今の日本ではアバター=美少女表象と結びつきやすい傾向があるため、今後「メタバース」に参入してくる多くの企業の捉え方が気になるところ。

日本ではあまり課題として語られないが、メタバースで使用される人種が実際の物理世界の人種と異なることの自由や権利も考察対象になっている。

似顔絵的な自分に似たアバターを作れるSnapchat社運営のアバター作成プラットフォーム「Bitmoji」では車椅子のアバターを発表し、今後包括的な機能や表現に力を入れている。

最近は多様な体型、肌、体毛を規範に当てはめず肯定するボディ・ポジティブが流行しているが、「見せたい自分」を作る嗜好性があるアバター文化はボディ・ポジティブの逆のルッキズムと無縁ではないので、今後の文化形成が興味深い。

すでにリアルなアバターが「ボディ・イメージ」に対して、身体醜形障害や自撮り異形症や摂食障害などに影響を与える懸念も出てきている。


インターネットでの女性へのハラスメント

新しいインターネット空間「メタバース」での女性の境遇はどうなっていくのだろう。

現在のインターネットの空間では「女性」というだけで理不尽な目に遭うことは残念ながらめずらしくない。

女性は常に、ネット上での嫌がらせを特に受けやすい立場に置かれ続けている。女性が攻撃されるのは単に言動のせいではなく、ジェンダーのせいだ。有色人種やLGBTQ+の人々、政治家やジャーナリストなど公衆に顔を知られる仕事の人なら、事態はもっと深刻になる。毒々しい言葉のほとんどに、同じ性差別のメッセージが流れている。「黙れ、さもないと…」。

最近はネット誹謗中傷の慰謝料請求もビジネス化してきたが、各自対応するしかなく、ハラスメント報告プロセスを明確にしてユーザーに負担をかけないプラットフォームが増えてほしいところ。

仮想空間において、ハラスメントは実際のジェンダーに関係なく女性型の「アバター」にも行われている。

文章ではない仮想空間での行為をどのように検閲し、予防し、遭遇した際に報告すべきかも課題で、VRChatでは荒らし対応でフレンド以外の人をミュートできる「パニックボタン」機能がある。

仮想空間ではパーソナルスペースが物理空間より近くなりやすいゆえに、ハラスメントについても問題提起されている。仮想空間の身体でも同意を得ず近づいたり触れたりするのも不快な行為とされている。

自己の意識とは物質的な身体と非物質の心や魂の心身二元論で成り立っているわけではなく、自己意識をつくる「身体性」は視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚と相互作用している。身体の距離や触れることは軽視できない。

かくして現代の先進的な科学技術を享受できる環境に生きる多くの人々にとって、視覚情報と聴覚情報が生活の上で重要な情報となり、時にはそれらだけが、個々の意識の決定を左右するようにもなるのです。
しかし、皮膚感覚は、私たちを強く揺さぶります。五感がもたらす様々な刺激のうち、皮膚感覚ほど個々の快・不快を惹起するものではないでしょう。

傳田光洋 『皮膚感覚と人間のこころ』P.148

Meta社(旧Facebook)は仮想空間での身体性を高めるため、触覚グローブの開発を進めている。仮想空間でも身体感覚が得られるのは大きな可能性であり現実社会同様のリスクもある。


不確実性

ファッションブランドにアドバイスをしているベンチャーキャピタリストで、メタバースの専門家でもあるMatthew Ballは、「メタバースは、権利、アイデンティティ、尊敬、幸福など、現実世界で私たちが直面している事柄の多くをもたらしたり、強めたりします。答えは明確ではなく簡単ではありませんが、それは世界共通です。(今後)ブランドは間違いを犯すでしょう。プラットフォームや個人も同様です。メタバースに適応するためには、新しいスキルと、新しい不確実性を受け入れることの両方が必要です」と述べている。
Epic Gamesの副社長兼コミュニケーション責任者のTera Randallは人々が自由につながる上で、ヘルシーで安全な「新しいインターネット」の構築のために倫理観を重視している。
Epic GamesのFortniteで単なるゲーム空間から教育のにするためTIME誌と連携したキング牧師のスピーチ上映のコンテンツを作ったが、ユーザーの迷惑行動対策をする羽目になった。

メタバースの概念ができた1990年代はちょうどインターネット初期で、白人男性的なテクノロジー楽観主義があったが、現在のインターネットは複雑で多様化している。

メタバースはアバターだけではなく、デジタル資産や(SNS同様の)信用形成など多数の構成要素があるので、各メタバースの「倫理観」は国ごとに文化が異なるように棲み分けができてくるかもしれない。

ジェンダーにまつわることをいまだに忌避する人もいるが、最近では議論も盛んなので、避けて通る方がリスクになる。今思いつく範囲でメタバース(仮想空間)とジェンダーについて可能性と懸念の両方を考えてみたが、今後もっと深掘り可能な領域だと思う。

すでに現れているメタバース的空間での課題を知ると楽観的ではいられないが、新しく作られる世界への期待はある。


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メタバースの歴史と文化など網羅的なムック


メタバースという言葉が生まれたSF小説


アバターの身体性の参考

Photo by Stella Jacob on Unsplash

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