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「伝統工芸の土台の上に、いかに新しいものを築いていけるか」山中漆器の伝統を守りながら挑戦を続ける

        【インタビュイー】
        木地屋・漆器素地メーカー株式会社匠頭漆工  久保出 章二

漆器の産地として有名な石川県。
特に山中温泉地区は「木地の山中」と言われるほど、木目の美しさや木の素材を活かした漆器作りで有名な地域だ。

「木地」とは製品の形に削り出された、漆を塗る前段階の木の器のこと。
この木地作りを専門とする職人である木地師として、「匠頭(しょうず)漆工(しっこう)」の2代目社長を務めるのが久保出章二さん。実に50年以上に渡って器を作り続けてきた大ベテランだ。

久保出さんが手がける製品は、山中漆器の伝統工芸の常識に囚われない新しい価値を持つ漆器として、数々の賞を受賞している。そんな久保出さんが器作りに込める想いとは。


最初はやりたくなかった。木地師になったきっかけ


ーー久保出さんが木地師になった経緯を教えてください。

久保出章二さん(以下、久保出):初代社長である私の父が木地師でした。兄が家業を継ぐものと思っていたのですが、東京で就職することになり、次男の私に後継ぎとしての白羽の矢が立ちました。

ーーもともと木地師になりたいとは思っていたのでしょうか?

久保出:いえ、思っていませんでしたね。車が好きだったので、車の整備士になりたいと考えていました。若かったこともあって、体を動かす仕事がしたかったんです。
父をはじめとした職人たちが1日中座ったまま黙々と仕事をしている様子を見て、「ああいうのは嫌だなぁ」と思っていたくらいです(笑)。

ーーそうだったんですね(笑)。それにもかかわらず、なぜ継ぐことになったのでしょうか?

久保出:父から「継いでほしい」と言われたときも、最初は断ったんですよ。そしたら父が頼んだのか、問屋さんからも「嫌でもいいんだけども、とりあえず試しに一回やってみたらどうか」と言われて(笑)。「そこまで言うなら」と、定時制の高校に通いながら木地師の仕事をやってみることにしました。
始めてからも「やっぱり座りっぱなしの仕事はなぁ」と思いながらも、「いや、もうちょっとやってみよう」「もうちょっとやってみよう」と自分に言い聞かせていました(笑)。

ーーでもここまで木地師を続けてこられたということは、やってみて性に合っていたのでしょうか?

久保出:ええ、合ってましたね。家でも、壊れた柱時計やバイクを分解して直したりしていたこともあって、そういう何か物を作ったりすることは好きだったんです。それに作り上げて完成させた時って気持ちがいいんですよ。それで「あ、これは向いているのかも」と気づき、だんだんと木地師の仕事にのめり込んでいきました。

轆轤(ろくろ)挽(び)きしている久保出さんの手元

これまで捨てられていた芽節に新たな価値を与えた


ーー匠頭漆工としての看板製品は何になるのでしょうか?

久保出:「mebuki椀」という檜のお椀です。
木には枝が生えてくるところに芽の節ができます。その節がある部分はとても硬くて刃が傷みやすいので加工が難しく、また割れも走りやすいことから、漆器業界では廃棄されてきました。でも木に節があるのはごく自然なことで、それも木の個性なんです。にもかかわらず捨ててしまうことに疑問を持ち、この芽節をなんとか活かすことができないかと考えたのがきっかけで生まれました。

金のmebuki椀と素のmebuki椀

ーー芽節を活かすために、具体的にはどのようなことをしたのでしょうか?

久保出:まず芽節部分の加工にも対応できる独自の刃物を作り、それを使って削っていくようにしました。
また陶器の金継ぎのように、山中漆器伝統の拭き漆という漆の重ね塗りの手法で表面を補強して節に割れが起こらないようにし、更に同じく山中漆器の蒔絵(まきえ)の技術を用いて芽節を金で縁取ることで模様にしました。

ーー芽節をそれぞれ際立たせ、器一つひとつの“味”に変えたのですね。

久保出:それに木は太い幹を親とすると、その幹から生えてくる枝は子どもになります。その意味で芽節は新たな芽が誕生する場所であり、大変縁起の良いものと捉えることができます。ですので、製品名を「mebuki(芽吹き)」としました。赤ちゃんが生まれたご友人への贈り物として購入いただくことも多いです。
「芽吹く」という言葉には「幸運が巡ってくる」であったり、「長い間の努力が報われる」といった意味もあります。

ーー木の個性を尊重している器なので、お子様それぞれの個性を尊重するという意味合いも込められそうですね。

久保出:そうです。二つとして同じ芽節を持った器はありません。それぞれが唯一無二の価値を持ったお椀なのです。
お食い初めなどにもご利用いただいていますね。

木の節がアクセントになっているmebuki椀

やるからには徹底的に。職人としてのこだわり


ーーワイングラスもすごいですね。木製のものは初めて見たので驚きました。

久保出:ワイングラスは飲み口をできるだけ薄くすることと、持ち手の細さと強度のちょうど良いバランスに辿りつくまでがとても大変でした。
試行錯誤を何度も何度も繰り返して、完成するまでに3~4年はかかったと思います。
このワイングラスを手に取ったお客さんは皆さんビックリしてくれますよ。展示会に出展したときに、「これは人間業じゃない」と言われたこともありました(笑)。「そんな大げさな」とは思いつつも、嬉しかったですねぇ。

mebuki椀とワイングラスの2つの看板製品は、皆さん足を止めて見てくれます。

木製のワイングラス


飲み口の薄さと持ち手の細さの再現はまさに“匠”技


ーー木地師の仕事の面白さはどんなところにあるのでしょうか?

久保出:実は木地師の仕事は器を削り出すだけではありません。
木を削るための鉋の鍛冶に始まって、削り出す前段階の木地の乾燥、そして削り出し、これらすべてを職人自らが行います。
そこには乾燥させるときの木地の置き方など、それぞれの工程ごとに気をつける点が沢山あるのですが、頭の中で思い描いたことがすべてそのまま上手くいって、思った通りの器に完成させることができたときは、もう最高の気分になりますね。

ーー逆に辛かったり、難しさはどんなところでしょうか?

久保出:今言ったことの裏返しで、やはりやること、考えることの多さです。
ただ器を作るだけで良ければ楽なのですが、そう単純ではありません。どこか一つのポイントがいい加減だと、それが仕上がりに響いてきてしまいます。

それに、手が触れる部分を厚めにすることで温度が伝わりづらくして保温性が高くなるように、一方で唇が触れるところは薄くして口当たりが良くなるようにといった、器としての使い心地の良さも追求しないといけません。

これらをすべて成立させるのはやっぱり大変ですが、やるからには職人として徹底的にこだわってやっています。


自分に負けることなく、新たな器作りへの挑戦を続けていく


ーー久保出さんが木地師として大切にしている姿勢を教えてください。

久保出:なによりも伝統工芸に敬意を払うことです。伝統工芸をバカにしたらダメだと思っています。私が木地師として仕事ができるのは伝統工芸があるお陰だからです。なので山中漆器の伝統工芸の技術を必ず取り入れ、その土台の上でどこまで新しいものを築けるかということを意識しています。

あとは使う人の身になって作ることですね。
ただ、そうしているつもりでも自分だけではわからないこともあるので、お客さんの要望も聞いて製品に反映するようにも心がけています。

ーー久保出さんにとって木地師の仕事とはどのようなものなのでしょうか?

久保出:日本各地の人たちが、私の作ったお椀で「おいしいね」と言いながら、ご飯を食べてくれています。そのことを想像すると、やっぱり嬉しくなるんですよね。これは何かを作っている人であれば、きっと一緒だと思います。
自分が作ったものを「わぁ、これいいなぁ」と手に取って使ってくれている様子を離れたところから眺めて、「あれは俺が作ったんだよ!」と自慢して回りたくなる感覚でしょうか(笑)。

ーー今後の器作りへの想いを教えてください。

久保出:今まで見たことのない「こんな器があるんだ!」と驚かれるような器を作って、お客さんに喜んでもらえたら最高です。でもそう思ってあれこれ考えてはいますが、なかなか思いつかなくて「これ以上新しいものがあるのだろうか」と弱気になることもあります。
だけどそんな自分に負けないようにやっていかなきゃいけないですね。諦めたら終わりですから。

ーー器作りへの情熱に溢れていると感じました。最初は嫌だったお父様のお仕事を継いで良かったですね。

久保出さん:そうですね。今はもう仕事が楽しくて楽しくて(笑)。良かったぁ~!(満面の笑み)

ショールームに並ぶ色々な形の器たち
IPPONGIシリーズ

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