見出し画像

ジャズ記念日: 4月22日、1997年@シャンゼリゼ

Apr. 22, 1997 “Medley of my Favorite Songs” by Michel Petrucciani at Théâtre des Champs-Elysées for Dreyfus (Au Théâtre des Champs-Elysées)

四十分近くにわたって休み無く繰り広げられるジャズのソロピアノ、演奏者側からすると一人で弾き続ける創造力の引き出しの多さを始めとする力量・技量・体力が試されるが、それを最後まで聴き続けられるかという聴衆側の集中力の問題もある。

それを見事に跳ね除けて、冒頭から最後まで手や気を抜く事なく、聴き手を最後まで飽きさせる事なく見事な演奏を繰り広げるのが、この「小さな巨人」ミシェルペトルチアーニの本演奏の卓越したところ。しかもライブ演奏なのだから平伏すしかない。

音楽って素晴らしい、そんなことが純粋に感じられる魂と生命力のこもった類稀な極上の演奏が収められているのが、このアルバム。

冒頭の息を飲む程に緊張感が張り詰める空気感、ペトルチアーニの力強いタッチとそれに応えて荘厳な響きとパルスを生み出すスタインウェイのピアノ、反響する会場の空気感が、フランスレーベルのドレフュスらしくフラットに解像度高く捉えられている。

収容数二千人というシャンゼリゼ劇場における、スタインウェイの荘厳な響きが生々しく収録されていて、ペトルチアーニの呼吸が聞こえるくらいの大音量で浴びるように皮膚と共に身体全体で聴くのがおすすめ。

シャンゼリゼ劇場の内観

『お気に入りの曲メドレー』の曲順は以下の通り。

  1. “Maiden Voyage” by Herbie Hancock
    春の季節に相応しいハービーハンコック作曲のモードジャズスタンダード『処女航海』で文字通りソロピアノの航海に旅立つ緊張感と慎重な滑り出し、高揚感が表現されている。原曲よりも更にモーダルな彷徨う雰囲気のコード使いや推進力を形容するかのように力のこもったメロディーの躍動感が味わえる

  2. “My Funny Valentine” by Rogers & Hartz(6:01〜)
    冒頭曲の勢いと流れから落ち着きを演出して、右手から繰り出される旋律によってドラマチックに展開される二曲目は、フランクシナトラ、チェットベイカー、マイルスデイビス、ビルエバンス等々、数多ある巨人による名演が遺されているジャズスタンダード。ペトルチアーニの本バージョンの前半の雰囲気は何処と無くビルエバンスのジムホールとのデュオ演奏を彷彿させるが、その後の16部音符の留めどなく流れる速いパッセージを軸とする演奏はペトルチアーニのオリジナリティが発揮された独壇場。その背景にリズムキープする足踏みの音が刻まれている

  3. “Rachid” by Michel Petrucciani(11:51〜)
    ペトルチアーニ自身、ピアノと会場が暖まって来たところで、ペトルチアーニ楽曲の中でも指折りの旋律の美しさと展開を誇る、継息子の名を冠した本ワルツ曲で一回目のクライマックスを迎える。愛情・優しさ・希望が口ずさみたくなる明快なメロディーを通して感じられて、それはキースジャレットの名曲”My Song”に匹敵するレベルで心に迫る。14:40からの転調を経た次曲へのドラマティックなつなぎの展開はどこと無くクラシック的

  4. “Les grelots” by Eddy Louiss(15:45〜)
    二曲目から三曲目への流れの中で登場した旋律を辿るかのような流れを踏む何処となくラテン音楽を代表するポピュラーソングの「べサメムーチョ」的な、ペトルチアーニとの共演歴のあるフランス人オルガニスト、エディルイスのオリジナル曲(「鈴」という意味)。イタリア系というラテンのDNAが表出するかのような情熱的でダイナミックな展開。そして右手と左手のやり取りがどこと無く一人コールアンドレスポンス的なところも面白い。因みに本アルバムには「べサメムーチョ」が収録されているので聴き比べると面白い

  5. “In a Sentimental Mood” by Duke Ellington(21:58〜)
    ソロピアノのエリントン楽曲集までリリースしているペトルチアーニによるエリントン愛に溢れた演奏。早いテンポの前曲から息を入れるかのように、落ち着いた展開をするが、ここまでとは様変わりしたように随所にフォークの趣きの音使いをするところが本曲の聴きどころ。後半のクライマックスへ階段を駆け登るような展開も見事。以前、同曲のジムホールとのデュオ演奏を記事に取り上げているのでお楽しみください(下部掲載)

  6. “Les Fuilles Mortes (Autumn Leaves)” by Joseph Kosma(28:35〜)
    ブルース調の旋律を交えた間奏曲を経て、自身の母国であり本収録場所のフランスを意識したシャンソン由来のジャズスタンダード『枯葉』を真っ向から主旋律を軸に奇をてらうことなく王道的なアプローチで哀愁に溢れたメロディーを紡ぎ出す。所々でなんとなく演奏を振り返るかのように”Les grelots”のフレーズが再登場しているのと、起伏に満ちた目まぐるしい程の感情表現が聴きどころ。如何にもペトルチアーニ

  7. “Take the A Train” by Billy Strayhorn(35:36〜)
    本フィナーレ曲に至るまでの道のりを、まるで長いトンネルに例えるかのように、通り抜けた後に緊張感が解けて終着駅に向けたラストスパート的に展開される『A列車で行こう』会場に居合わせた観客も同じような心情で35分間過ごしただろうから、解放感に満ちた拍車喝采に相乗りしたくなる。左手による低音帯での重厚な列車の疾走感と、ピアノが芯の奥まで、まるで汽笛か踊る車輪のように響き渡る主旋律が素晴らしい。速弾きで激しくドライブする様は、ペトルチアーニが敬愛する、ソロピアノも得意なレジェンド、オスカーピーターソンの影響を感じさせる。最後に崩壊しかけて端正な旋律に戻るユーモアに溢れる演出も粋。ここまで冒頭から40分超、心もお腹も一杯になる

ペトルチアーニによるエリントン楽曲の
ソロピアノ演奏集
1993年NY、Power Station収録

如何だったでしょうか。演奏に惹き込まれて時と我を忘れてしまうほどの「ピアノの化身」と形容されるに相応しい圧倒的な凄みが感じられます。ペトルチアーニの感情豊かな性格そのままに喜怒哀楽に溢れるジャンルを超越した音楽の旅路に誘われて一緒に歩んでいるかのようです。演奏後のペトルチアーニは、このように語っています。

「こんばんは。元気かい?本日はお越し頂き有難うございます。このような場を設けてもらい、この会場、シャンゼリゼ劇場で演奏できることをとても嬉しく思います。今晩、会場に来てくれた友人と家族にも感謝です。偉大な作曲家、デュークエリントンやロジャースとハーツの楽曲、フランスの作曲家による枯葉といった曲を少しばかり演奏してみました」

ジャズを土台に、クラシック、ラテン、フォーク、ブルース、シャンソンとありとあらゆるジャンルを「少しばかり」という言葉の通り、さらりと弾いてのけるところがペトルチアーニの傑出したところ。

そしてこの後、インターバルを入れながら更に一時間近くソロ演奏を続けるのだから畏れ多い(本作は二枚組)。

会場となったシャンゼリゼ劇場のアーカイブを見ると、劇場が支援を受けているフランス財団の30周年記念誌が掲載されていて、そこに本作の縁なのかペトルチアーニが登場・紹介されています。その日付は、1999年1月11日となっていて、奇しくもペトルチアーニが36歳で急逝した五日後を指しているので、それを予期せずに発行されたもののようです。

出典: シャンゼリゼ劇場アーカイブ
フランス財団30周年記念冊子

実は、同年二月に予定されていたブルーノート東京のペトルチアーニ公演を予約して楽しみにしていたら、自宅に電話が入り「急逝のため来日出来ずにキャンセルとなりました。オルガンのジミースミスが代わりに出演するが来場されますか」との連絡を受けた。今思うと、代役がオルガンの第一人者ジミースミスというのも贅沢だが、その瞬間ではまさかの喪失感で愕然として「それならお断りします」と答えるしかなかった。そしてその判断は、今は亡きスミスの事を思うと後悔しているが、それ程、突然の出来事にショックを受けた。そんな感情を拭い切れずに、その週末に情報を追い求めてフランスの新聞”Le Monde”を眺めてみると、訃報が一面にこのアルバムジャケットと同じ写真と共に掲載されていて、フランスでも国民的な人気を誇っていたのだと認識した記憶がある。

そんな出来事を癒してくれたのは、もし公演が実現していたらこんな感じだっただろうな、と思わせる同年に発売されたブルーノート東京での1997年11月16日収録のライブアルバムだった。

1999年10月15日発売

ペトルチアーニが晩年に従えたリズムセクションは、どのジャンルにもそつなく順応する辣腕のセッションミュージシャン的存在の、アンソニージャクソンとスティーブガッド。この二人の組み合わせで想起するのは、スティーリーダン。純ジャズのみならず、フュージョン的な音楽も手掛けるペトルチアーニの志向性にフィットした、全幅の信頼を寄せられる人選なのでしょう。スティーリー団かダンの名盤『ガウチョ』で二人が揃って参加しているのは、こちらの二曲。

さて、ペトルチアーニがジャズギターの大家、ジムホールと寄り添い絡み合う、エリントン愛が感じられる息の合った”In a Sentimental Mood”の極上のデュオ演奏はこちらをどうぞ(映像もあります)

そして、ペトルチアーニ最晩年の哀愁に溢れるスタジオアルバムの紹介記事はこちらをどうぞ。

更にペトルチアーニにご興味がある方は、ジャズバイオリニストの第一人者、フランス人のステファングラッペリとの明るく楽しい共演作品もどうぞ。

オランダで収録されたピアノトリオフォーマットでのデビュー作品からの『酒とバラの日々』はこちらをどうぞ。

ペトルチアーニとは別に本メドレーに登場した楽曲の紹介記事はこちらをどうぞ。

“Maiden Voyage” by Bobby Hutcherson(鉄琴)

“My Funny Valentine” by Jarrett, Peacock & DeJohnette(ライブ録音)

“Take the A Train” by Ellington & Basie(エリントン公爵とベイシー伯爵の共演)

メドレーには登場していませんが、本アルバムに収録されている“Besame Mucho”のWes Montgomeryによるオルガンを交えた本作からちょうど34年前のトリオ演奏です。

最後に、シャンゼリゼ劇場でのソロピアノ公演としては、キースジャレットの名盤『ザ・ケルンコンサート』から十日後に収録された音源が残されていますので、こちらを紹介して本日は締め括ります。

本日も笑顔溢れる素敵な一日をお過ごしください。

この記事が参加している募集

思い出の曲

私のプレイリスト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?