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【ペライチ小説】_『娘帰る』_1枚目

「ねえ、真紀ちゃん。お母さん、なにか言ってなかった?」

 ポテトサラダを食べているとおばあちゃんが台所から顔を覗かせ質問してきた。眉毛の下がり具合でなにかあったようだとすぐにわかった。

「別に。なにも言われてないよ」

「そう。だったらいいけど」

 おばあちゃんは納得のいかない様子で引っ込んでしまった。微かな申し訳なさにわたしの心は毛羽立ったけれど、本当に、なにも言われていなかったのでどうしようもなかった。

 じわり、疑心暗鬼が立ち込めた。もともと静かなおばあちゃんの家はいっそう静かになってしまった。さっきまで鳴りを潜めていた雑多な音がくっきり輪郭を持ち始めた。柱時計のカチカチカチや換気扇のゴゴゴゴゴゴ、表を走る車のブォーンなどなど。硬めのオノマトペが周囲にびっちりひしめきだした。うるさかった。窮屈だった。でも、おばあちゃんが料理片手にやってくれば料理の感想を求められたり仕事について聞かれたり、さっきまでのなんてことない会話が戻ってくるに決まっていた。そうすれば不穏な感じは自然に解消されるはず。だから、目の前に並ぶお刺身や里芋の煮っ転がし、菜の花のお浸しなんかを淡々と食べ続けた。

 しかし、実際、豚の角煮をプルプル持ってきたおばあちゃんは、

「どっこいしょ」

 と、カラフルな毛糸のカバーに覆われた座椅子に腰掛けてもなお口を開こうとはしなかった。

 いよいよ、これは母親との間になにかあったことは間違いなかった。ただ、こちらから尋ね返すのは癪だった。聞いたら最後、こちらも当事者にされてしまうだろう。過去の失敗から学んだわたしはそんな誘いに乗ったりしない。無視を決め込み、サツマイモの味噌汁をずずーっと飲んだ。

 もはや意地の張り合いだった。無言の食卓がだらだら続き、空気も重く張り詰めていた。呼吸すら苦しく、おばあちゃんに至っては乾いた咳を何度かしていた。

 嫌なムードに耐えかねて、わたしは最近買い替えたばかりだというテレビのリモコンに手を伸ばした。プラスチックがピカピカ黒光りしている新品だった。なのに、持ち手の部分がたくさんの輪ゴムでコーティングされていた。それはすでにおばあちゃんの持ち物らしくなっていた。変わらないなぁ。内心、懐かしみつつ、呆れつつ、電源ボタンをパチリと押した。ちょうど『ちびまる子ちゃん』がやっていた。

「真紀ちゃん、むかしっからこれ好きよねぇ」

「そうだね。うん。いまも好きだよ。去年かな。一昨年かな。さくらももこが亡くなったとき、悲しくて涙止まらなかったもん」



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