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【ペライチ小説】_『娘帰る』_3枚目

「真紀ちゃんの普通はわたしの特別なの。イヤでしょ。べちょべちょなお米なんて」

「当たり前じゃん」

 わたしは笑った。べちょべちょなお米が美味しくないのは至極当然、失敗したならともかく、あえて、そんな炊き方をする人がいるなんて想像もできなかったのだ。

 ただ、改めて食卓を見てみれば、おばあちゃんはお米を食べていなかった。いや、お米だけじゃない。お刺身もポテトサラダも食べていなかった。その取り皿にはお浸しと筑前煮がちょこんと乗っかっているだけだった。

「この料理って、どれもわたしのために作ってくれたの」

 思わず、そう聞いてしまった。ただ、なんとなくニュアンスが違っている気がして、

「要するに、おばあちゃんが食べられないものまでわたしのために作ってくれたの」

 と、慌てて言葉を訂正した。おばあちゃんは微笑み、箸をゆっくり手に持った。そして、刺し盛りの端っこに置かれたイカをひょっこりつまみ上げ、

「全部が全部、食べられないってわけじゃないのよ、なにも」

 と、言いながら、生姜醤油で紫色に染まったエンペラを口の中へと放り込んだ。

「お刺身は好き。食べられないものもあるにはあるけど。ポテトサラダは難しいかな。お肉はちょっと大変ね。固く炊いたお米が食べられないのもほんとの話。お腹、壊しちゃうの。べちょべちょじゃないと」

「そうなんだ。じゃあ、いつもはなにを食べてるの」

「そうねぇ」

 おばあちゃんは視線を左上に向けながらゆっくりと話し始めた。

「小松菜と油揚げを炒めたやつとか、かぼちゃや根菜の煮物とか。そういう常備菜がほとんど。あとは納豆か梅干しがあれば一食になっちゃうでしょ」

 つい、目の前に広がるご馳走をチラッと確認せずにはいられなかった。どれもこれも、おばあちゃんが普段食べていないものばかりだった。情けなくなってきた。

「ごめんね、こんなにいろいろ用意させちゃって」

 塩らしいわたしに対して、おばあちゃんは慌てふためき、

「違う、違う。そうじゃないって。いつもは食べないってだけの話。たまに食べるのは問題ないし、それに、真紀ちゃんが美味しく食べてくれるなら作り甲斐もあるってもんで、全然、迷惑なんかじゃないからね」

 と、すかさずお刺身を勧めてきた。

「ほら。もっと、たくさん食べて」

 すでにお腹はいっぱいだった。でも、真剣なおばあちゃんの顔つきを見て、残っていたマグロを一口食べることにした。たぶん、そんな様子に安心をしてくれたのだろう。おばあちゃんは笑顔でビールを飲みながら、

「ほんとね、たまにだったら問題ないの。たまにだったら、ほんとにね。むしろ、たまにだったら大歓迎。たまにだったら」

 と、わざとらしく「たまにだったら」を連呼した。



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