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【ペライチ小説】_『娘帰る』_5枚目

 翌日の放課後、早速、わたしはおばあちゃんの家に向かった。内心、かなりウキウキしていた。中二の夏、一人で遊びに行ったときのようにおじいちゃんからは歓迎されて、おばあちゃんからは感謝される、そんな光景を想像していた。

 ところが、数年ぶりに訪れたおばあちゃんの家は入るなり早々、気が狂ったみたいに荒れ果てていた。靴箱は開け放たれ、サンダルから革靴まで好き放題にばら撒かれていた。廊下は一面、破れかぶれの新聞紙で覆われていたし、キッチンに目をやれば、色とりどりの洋服が無造作に放り投げられていた。そして、その真ん中で小汚い老人があぐらをかいて、お菓子をむしゃむしゃ食べていた。最初、知らない人が忍び込んでいると素直に思った。なんらかの犯罪が起きているんじゃないかと疑った。それぐらい、ボサボサの白髪にボウボウなヒゲ、ゾッとするほどみすぼらしい老人にはリアリティがあった。身体は丸く肥えていたし、目は釣り上がり、明らかにヤバい気配を漂わせていた。

 ただ、次の瞬間、おばあちゃんが奥の部屋から姿を現し、

「ああ、真紀ちゃん。いらっしゃい。ほら、あなたも挨拶して。真紀ちゃん、わざわざ時間作って来てくれたんだから」

 と、不審者に向かってキツく、同時に親しみ深い様子で声をかけたので、わたしはすべてを理解せざるを得なかった。

 変わってしまったとは聞いていたけれど、こんなにも変わっているとは驚きだった。想像をはるかに超えていた。すぐには受け入れられない部分がたくさんあった。それでも、黙っていては気まず過ぎるので、

「おじいちゃん。真紀だよ。久しぶり。手伝いに来たよ」

 と、明るさと元気を装って、大きな声で挨拶してみた。わたしはシンプルだったから、よく来たなぁとか、高校進学おめでとうとか、そういう言葉が返ってくるとこの期に及んで、なお、当たり前のように思っていた。だけど、おじいちゃんはこちらをじろりと睨むだけ。なんにも言葉を発しなかった。

 事実は無情で残酷だった。孫だから。特別だから。他のみんなを忘れたとしても、きっと、わたしのことだけは覚えているに違いないと勝手に期待していたけれど、そんなことは全然なかった。わたしだったら奇跡が起きると密かに自信を持っていたから、そうじゃないとわかったとき、喪失感はハンパじゃなかった。

 もう帰った方がいいのかもしれない。即座にそんな考えが脳裏をよぎった。その場におどおど立ち尽くす以外なにもできなくなってしまった。でも、おばあちゃんはそんなわたしにかまうことなく、

「じゃあ、真紀ちゃん、その辺綺麗にしておいて」

 と、瞳を真っ黒に淀ませて、冷たく指示を出してきた。



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