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【ペライチ小説】_『娘帰る』_2枚目

 気づけば、たわいもない会話が再開していた。お酒を飲みつつ、ご飯を食べつつ、ランダムに言葉を重ねた。

 一度、しゃべりだしてしまえばあとは惰性だった。特に頭を使うことなく適当に相槌を打ち、言いたいことを口にしているだけで楽しく時間は過ぎていった。そのため、

「わたしとしてはねぇ、だれにも迷惑かけないつもりでやってきたし、これからもやっていくつもりなの。保険もちゃんと入っているし、お葬式だって、お墓だって、自分のお金でやれるようにはしてあるの」

 と、おばあちゃんが熱く語り出したとき、正直、なんの話をしているのか、さっぱり要領つかめなかった。

「この家だって、おじいちゃんが生きてた頃は狭いかなぁと感じていたけど、いまはわたし一人だしねぇ。そうなってくるとこんなもんで十分。そりゃ、掃除だって完璧ってわけにはいかないけどさ。みっともないと思われない程度にはちゃんとやれるし、とにかく、一人で暮らすって意味ではいまの状態で問題ないのよ」

 おそらく、互いに酔っぱらっていたのだろう。サッポロ黒ラベルの空き缶がテーブルの上に六つ並んでいた。わたしは余計な発言で地雷を踏んでしまわないよう、いつも通り聞き役に徹しようとした。だけど、腰の引けた態度が見抜かれてしまったのか、

「ねえ、真紀ちゃんは誰かと暮らすのって大変だと思わない?」

 と、またしても名指しで質問されてしまった。

 ドキリ。心臓が痛くなった。その内容はあまりにタイムリー過ぎた。もしや、彼氏に合鍵を渡したこと、おばあちゃんは知っているのだろうか。いささか不安になってきた。でも、冷静に考えて、そんなはずは絶対になかった。身内の誰にもそんな話はしていない。母親も弟も彼がこの世に生きていることすら知らないし、万が一、すべてがバレていたとして、わたしもぼちぼち三十歳。いちいち怒られる筋合いはなかった。結果、

「好き同士ならいいんじゃない。一人で暮らすより、二人で暮らす方がコスパもいいし」

 と、トゲトゲ答えてしまった。おばあちゃんは不服そうだった。

「うーん。生活って、もっと複雑なものだと思うの。日々の習慣とか、大切なことは他にもあるはずでしょ。たとえば、わたしは九時前に眠くなり、六時前に目が覚めちゃうの。そういう生活リズムが合わないと一緒に暮らしてはいけないんじゃないかなぁ」

「え。ってことは、いまも眠いわけ」

 柱時計に目をやれば、時刻はちょうど午後九時を迎えようとしていた。

「今日は大丈夫。真紀ちゃんが来てたらお酒も飲むし、ご飯も食べるし、すっごく楽しいからね。いま言ったのはそういうことじゃなくって、普段の話。日常の話」

「じゃあ、今日は特別なんだ」

「もちろん、特別。一人のときとは全然違う。お米だって、いつもの炊き方とは全然違うんだから」

「うそ。普通だよ」



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