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【MLB】ジェイコブ・デグロム解体新書

幸いにも毎年アメリカに行きMLBの現地観戦していたこともあり、これまで多くのトップクラスピッチャーの投球を観ることができた。


CC・サバシア、田中将大、M・リベラ、A・ミラー、C・セール、A・ノラ、T・バウアー、M・マイコラス、K・カーショウ、D・カイクル。


その中でもダントツでエキサイティングだったのが、ニューヨークメッツのジェイコブ・デグロムである。

2015年にペトコパークで観た、まだ2年目だったデグロムのピッチングは圧巻であった。


5 ~ 6年前の当時はバックドア、フロントドアで外からゾーンに入れたり、変化の大きなスライダーかチェンジアップで空振りを取る、というようなボールをいかにストライクゾーンの枠周辺で動かすかがオーソドックスな配球だったと思う。“真っ直ぐ”を投げるピッチャーなんてほとんどいなかった。

黒田や田中将大といった日本人投手も2シームを多投していた。

一方、デグロムは4シームをストライクの中にガンガン投げ込み、カウントも取るし、三振も取るし、という王道オブ王道のピッチングをしていたのである。

サンディエゴでひとり、「これがビッグリーグか」と感動したのを覚えている。


そんなデグロムは今季、歴史的な投球をしている。


前半戦終了時点で15試合を投げて7勝2敗。7勝はMLBで22位タイだが、勝利数なんてものはどうでもいい。

同時点で防御率は1.08(7/7のブリュワーズ戦で2失点するまでは0点台であった)、WHIPは0.54(これは2000年に記録したP・マルティネスの0.74をはるかに超える歴代1位)、K/9は14.28。被打率は.129。

どれもMLBでダントツのトップであり、デグロムに対するとき、残念ながらバッターは全員小林誠司になる。

控えめに言って、98年の横浜優勝に大きく貢献した大魔神・佐々木や、最高級のストレートを投げて80試合に登板し、46ホールドをあげた2004年の藤川球児のようなピッチングを、“先発”でしているのである。


かつてはOne of 好投手

田中将大や坂本、柳田と同じ88年生まれながらデビューは2014年。田中将大のヤンキース1年目と同じとしてある。マイナー時代にトミージョン手術を受けたこともあり、デビューは遅かった。

1年目は早速9勝をあげ新人王に輝くが、特にデグロムの能力の片鱗を見せたのが2015年のオールスターゲームである。

得意の4シームを中心に、10球で3者連続三振。


2015年はプレイオフでも好投し、チームのナ・リーグチャンピオンに貢献。

ただ、2017年頃まではいいピッチングはしていたものの、チームメイトにマット・ハービーやノア・シンダーガードというカリスマ性も高い投手がいたこともあり、One of 好投手という存在。


しかし、2018年から2年連続サイ・ヤング賞を獲得後、2021年にはガフの扉を開けて覚醒したのである。


デグロムもバートロ・コロンのホームランにはしゃいでいたとき、今思えばまだアナキン坊やだった。

今となっては、神や人外なんて表現され、相手にとっては完全無欠で無慈悲なダース・ベーダーである。

Anny, My heart is broken…


今回は、そんなデグロムがいかに優れた投球をしているのか紹介したい。


抜群の安定感

デグロムが他のピッチャーと比べて優れている点は安定感である。

まず、コントロールがいい。抜群にいい。投球の約9割を占める4シームファストボールとスライダーを寸分の狂いもなく右バッターならアウトコース、左バッターならインコースへ投げ続ける。

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これは2021年の投球ヒートマップ。

ちなみに、同じように4シームとスライダーの投球割合が高く、今シーズン支配的な投球をしているザック・ウィーラーのヒートマップはこちら。

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いかにデグロムのコントロールが優れているかは一目瞭然である。


動画を見てもわかるが、見事に打ち取り方が同じなのである。その日の調子によって、ピッチングをガラリと変えるダルビッシュとは実に対照的であり、カットボールを同じようなゾーンに投げ続けていたM・リベラにも通じるところがある。淡々と三振を取っていく姿からも”deGrominator”と言われる所以である。

4シームは100mphを計測し、スライダーも約92mphとスピードがあり、下にストンと落とすような変化をする。

各球種のクオリティーが高いだけでなく、似たような球筋であるので見分けがつかなず、今のような外角一辺倒のローリスクハイリターンの配球ができるのである。



また、コントロールだけではなく立ち上がりから終盤まで、1試合を通じてスピードが4シームは99~100mph付近、スライダーは90~92mph付近で一定しているところもデグロムの特徴である。

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動画も紹介したナショナルズ戦での球種別スピードの遷移からもわかるように、安定しているどころか、後半にはギアチェンジしスピードアップしている。


このコントロールとスピードの安定感のベースとなっているもののひとつが、リリースポイントの安定感である。

上記は2021年のリリースポイント。

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こちらは、2017年のリリースポイント(この年は、201イニングを投げ、15勝10敗という素晴らしい成績であった)。

2017年に比べると、いかに今季のリリースポイントが安定しているかがわかる。


投球のメカニズムが一定していることが、この抜群の安定感につながっていると考えられる。


スピードの向上

デグロムがもはや人間のピッチャーではないと言われる理由が、年齢が上がるについれて4シームのスピードが向上していることである。

28歳になる2016年のシーズンには93.6 mphだったが、翌年から95.1 mph、95.9 mph、96.9 mph、98.6 mph、そして33歳となる今シーズンの平均は99.2 mphである。

例えば、K・カーショウは2016年、28歳のシーズンでは93.6 mphであったものの、そこからスピードは低下傾向にあり、同じく33歳の今シーズンは90.7 mphである。

A・チャップマンでも28歳のシーズンは101.1 mphであり、33歳の今シーズンは100 mphに達する事も多いが、平均では98.8 mphに低下している。


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https://theathletic.com/2556671/2021/05/05/how-is-the-mets-jacob-degrom-throwing-this-hard-and-still-getting-better-ive-never-seen-anything-like-it/

MLB主要投手の年齢と4シームの平均球速の推移からもわかるように、K・カーショウ、ヘルナンデス、バーランダー、シャーザー、グレインキーといったサイ・ヤング賞投手でさえも20代中盤以降からファストボールの平均球速は低下傾向である。一方で、デグロムのそれは右肩上がり。明らかに一般の生命体とは異なっているため、文字通り神や人外の域に達しているのである。


スピードの他にも、4シーム、スライダーの回転数や、空振り率を示すWhiff%、ボールゾーン空振り率を示すChase %なども継続的に向上しており、まさしく進化の途中にいるのがデグロムなのである。


試合終盤のスタミナ

近年は先発投手の投球イニングは減少傾向にある。先発投手が5回未満で降板は珍しくなく、100球ももはや目安ではない。

というのもバッターのレベルが上がり、ピッチャーは初回、1球目からベストピッチをしなくてはいけない。また、データ分析も普及し2巡目、3巡目になるとバッターは確実に球筋、タイミングに対応してくるのである。


その事実を印象つけたのは昨年のワールドシリーズ第6戦。

B・スネルが6回1死までドジャース打線を1安打、9奪三振、無失点に抑え好投していたが、この日2本目のヒットでランナーを出したところで降板することとなった。

M・ベッツの3打席目であり、スネル自身、3巡目以降のバッターに対する相性がガクンと悪くなるからである。

ドジャース時代の前田健太が、先発しながら5回を待たずに降板するケースが多かったのも同じ理由だと思われる。やはり、一般的には3巡目を迎える4回後半から5回以降、先発投手は成績が悪くなる。


一方、デグロムは試合中盤から終盤にかけても投球内容の悪化が見られない。

今季のイニング別のWHIPは以下の通り。

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5回にWHIPが1.00になるものの、1.00だ。WHIP 1.00は十分サイ・ヤング賞レベルのピッチングである。

このように、今のデグロムは非の打ちようがないピッチングを続けており、攻略するには降板させる他ないのが現状である(デグロム登板時には、デグロム以外のメッツ打線は沈黙する傾向があり、降板さえしてしまえば勝ち目がある、とも言える)。




さて、デグロムの異常さの紹介は以上になる。

デグロムは神の領域に達するピッチングをしているものの、やはり土台は人間の身体。満身創痍のようであり、肩、腕、脇腹などを痛め、今季はすでに何度か先発を飛ばしている。

(そのようです。)


すでにWARは5.0、三振数も146。このままフル回転すれば、防御率、WHIPも歴代のシーズン記録を更新する可能性も十分にある。

しかし、シーズンは長い。それに今季のメッツはプレイオフも十分に射程圏内である。

先発スキップや序盤に降板などでもどかしい面もあるが、今は健康状態に一喜一憂せずに1勝の価値が高くなる9月、10月の快投を期待しておこう。


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