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ローラの憂鬱 その1

私はローラが怖い。いまこの瞬間にも彼女の口から、残酷な言葉の数々が放たれるかもしれないからである。「同じパーティーに同席している人」としての彼女は許容できても、仕事のパートナーとしては最悪なタイプである。彼女は私がフリーランスでデザイナーをしていた頃のクライアントであった。

彼女の特徴としては、とにかく、連絡がない。情報を共有しない。「新しいブランドを立ち上げるから、ロゴをデザインしてくれ」と頼まれたものの、ブランドイメージも何も聞かされないまま、とにかく作れ、とのことであった。メッセージもいつもWhatsAppを通して一言送られてくるだけであり、Eメールへの返信は基本的に0である。支払いにつけては、いつも巧妙に理由をつけてなかなか振り込まない。このように、どう考えても引き受けるべきではない仕事であったが、彼女は私の親しい友人の知人であったので、とりあえず取り掛かることにした。まず何も情報がないので、サンプルとして3、4つほど、ロゴのデザインの提案を送った。

「これは、ゴミね。私のブランドは、避妊薬のパッケージじゃないのよ。」

「とにかく、私のブランドは、posh(豪華)じゃなきゃダメなのよ、わかるでしょ?」

それが彼女の感想だった。結局、このようなことが続き、およそコミュニケーションを正常に取ることができなかったので、この案件は断った。

ローラには起業家として成功し、彼女のブランドを世界展開するという夢がある。しかし現実は厳しく、彼女は自分が辞めたくて仕方ない仕事を毎日続けながら、一人で子育てをしている。彼女はポーランドにいる頃、結婚をしていた。しかし、夢のため、子供の教育のためと言ってロンドンに出てきたのだ。

彼女の目には活気が見られず、人と話すときも上の空、私が彼女の誕生日プレゼントにbonsaiを渡したときも意識はここにあらず状態であった。しまいには自分の子供に「愛してる」と伝えている時ですら彼女の顔に生気は感じられなかった。そんな彼女の仕事は、ロンドン屈指のビリオネアーの秘書である。しかし、ただの秘書ではない。

彼女の仕事はこのビリオネアー専属の売春コーディネーターである。英国において、個人の売春・買春行為は合法であるが、売春コーディネーターという職種はグレイゾーンといえるだろう。ビリオネアーは世界各国の不動産を転がすことに忙しい。そんな彼に代わって、彼の相手をする5人の美女を毎日手配するのだ。この美女達の日給は300ポンド(日本円にして約45000円)であり、主にヨーロッパ各国から手配される。ローラは、さまざまなネットワークを駆使して、ビリオネアが満足するスタンダードの女性たちを見つけ出す。彼女たちは(1)英語が話せて (2)スーパーモデルのように背が高く (3)明るい性格でなければならないのだ。ビリオネアーはどこに行くときもこの5人の美女とローラを携えていく。もし美女達の体調が悪くなったり、何か問題が生じたときにはローラが世話係となる。また、毎月1、2回は南フランスまでクルーズパーティーをする時にはローラが50人程度の美女を手配すなければならないため、大忙しである。ちなみに、単純計算で、365日この美女に囲まれた生活を続けるのに一億円以上かかることになる(美女に対する給料とだけで、である)。なるほど、彼はミリオネアではなく、ビリオネアであるから、これくらいの金額は痛くも痒くもないのである(ポンドでビリオンを稼いでいる、ということはつまり1000億円以上を稼いでいるはずである)。

(つづく)

ロンドンにおける私の憂鬱な生活をサポートして下さると、とてもありがたいです。よろしくお願いします。