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独自の詩の森の世界へ:しなだしん句集『魚の栖む森』

死角の無い句集である。
どこから読んでも、どの句を読んでも面白い。
溜息が出るほどだ。

全11章より感銘句を各章より1句ずつ。
喝采のやうな風鈴市をゆく
騙し絵のやうな嫗が毛糸編む
わが影へ膝折りたたむ汐干狩
穀象の眼いたいけとも見ゆる
鶴渡るふつくら赤き燐寸の火
軍港を白く濡らして日雷
サーファーの鼠小僧のやうに立つ
梟の身に軸のありこちら向く
貌つつこんで花虻の尻の縞
夜に満ちて葬儀のやうな白つつじ
臘梅のひらきて未完なる形

季語の使い方の巧みさはもちろんだが、切れ字がピシッ! と嵌っている下記のような句には「そうだよな、「けり」ってこういうふうに使うもんだよな」と清々しい気持ちになった。

唄ふほど手毬大きくなりにけり

写生の目が利いた句もたくさん。

きつねいろの袋にそそぐ今年米
くちびるのごとくにほぐれ桜漬

その上で、下記のような「闇」および暗がりのイメージに拠った作品に惹かれた。

山焼の炎はばたくとき暗む
またひとり百物語の闇へ
降る雪へ蝙蝠傘の闇ひらく

また、写生を一歩飛び出して独自の世界観をさらに進めている下記の作品群にも強く惹かれた。
読者の脳を優しく揺らしながら幻想の世界に誘っていく。

身をあをく月のプールを泳ぎきる
小説のはじめ花野に立つてゐる
青梅雨やみな羽ひらく蝶図鑑
種採つて風に攫はれさうになる

下記の句を読んだとき、少し前に映像で観た野村萬斎が踊る「MANSAIボレロ」を思い出した。
クライマックスに向かう前、一瞬転調するボレロの旋律の鮮やかさとしゃぼん玉の輝きながら果てる姿が重なった。

しやぼんだま炎の色をして割るる

表題句。
魚の栖む森を歩いて明易し

本句集は春月と魚の句ではじまり、ラストは春の水のイメージで終る。

現と夢のあわいをひらり、ひらりと流れる美しい十七音たち。
しばし、その幸福な残像と余韻の裡に浸りたい。

ご恵贈、ありがとうございました!



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