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アスとタイラの岩戸開き 3

ASD(自閉スペクトラム症)のアスは、お菓子工場で働いている。

夢の中で神様に会った。

神様は関西弁。

語尾の「やん」という響きが可愛くて、アスは心を奪われる。

神様は言う。

「怒りは、溜め込んだ想いを伝えているから、何を伝えたいのかしっかり聞いてください」

神様の声は、アスの体の奥の魂にまでよく響く。

工場で、先輩のタイラは、今日も注意する。

「アスさん、俺の言う事を半分も聞いてないでしょう。そのくせ、自分勝手なことはするし。言われた事を言われたようにしてください」

アスは、硬直した姿勢で、一生懸命、言う。

「はい、わかりました。やります」

アスはタンクから油をくんだ。

タンクに残った油は、最後に仮取りしなければいけない。

アスは、残った油が5キロくらいだから、3つのミキサーに分けて入れてしまおうと思った。

なぜ、相談しないのか?

なぜ、自分勝手な判断をするのか?

アスは、暴走した。

何かに囚われたように。

「わからないことがあれば、相談してくださいね」

タイラは注意していたのに。

次の日、アスはタイラに油はどうしたのか聞かれた。

アスは、その声の響きに、まずいことをしたと思いながら答える。

「3つに分けて、ミキサーに入れました」

タイラは、がっくりとうなだれた。

「アスさん、配合指示書って、知ってます? 油の量はちゃんと決められているんですよ。なぜ、適当なことをするんですか? 本当ならライン長に言って、全部、抜かないといけないくらいのことですよ」

アスは一生懸命、繰り返す。

「すみませんでした」

ただ、謝ればいいと思っているようだった。

その場をしのげればいい。

会社や生産への影響は考えていなかった。

タイラはストレスで胃が痛くなった。

「暴走はしないでください。わからなかったら、聞いてください。何度、言ったらわかるんですか」

タイラは、ストレスが凄すぎて、体調が悪くなり、会社を早退した。

病院へ行ったら、医師から胃に穴が空きかけていると言われた。

次の日、機械が動いているときは、手を出さない。

労働災害防止のための鉄則。

タイラから、機械は止めてから、作業するように注意されていた。

作業終了間近、機械が動いているのに、アスは、手を出していた。

タイラは怒る。

「アスさん、手を出したらダメでしょう。指が無くなりますよ。今までも機械を止めてなかったんですか」

アスは必死に言う。

「機械は止めて、作業していました」

タイラは思った。

……こいつ、ウソついてる。今まで、機械を止めないで、作業を繰り返していたんだ。

タイラが問い詰めると、アスは白状した。

「機械を止めないで、作業していました」

タイラは、壁をドンと叩き、目に炎が宿ったように怒った。

「事故が起きたら、俺らのせいになるんですよ。面倒くさい決まりが増えるんですよ。そしたら、みんなここをアスさんにやってもらいますからね」

アスはタイラの怒りが伝えるものをしっかり聞こうとした。

溜め込んだストレス。

事故が起きたら、アスの指が失くなってしまうかもしれないことへの心配。

話しても話しても、ちゃんと聞いてくれない悲しみ。

アスは何度も頭を下げた。

心を振り絞るように謝った。

「すみませんでした。ちゃんと機械を止めて、作業します」

アスの胸から出たエネルギーが、タイラに届いた。

タイラは思った。

……心が動いてきた。

タイラは、ふっと笑った。

「そんなに怒ってないですよ。だけど、気をつけてくださいね」

アスはタイラを慰めるように言った。

「俺のせいでタイラさん、胃腸炎になりかけて。怒鳴られるより、心の痛みのほうがずっとつらいよね」

タイラの目は赤くなった。

アスの優しさに泣きそうになったから。

タイラは否定するように言った。

「俺のはただの寝不足だから。アスさんからのストレスは1割ぐらい」

「俺、さっき、本気で怒ったと思った?」

アスはホッとしたように話す。

「いやぁ、今回はマジでやばいことしたと思った」

雨が降って、2人の地面は、しっかり固まる。

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