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なくなってもいい仕事、ってなくない?

これは以前から思っていることなのですが、基本的に職種に優劣はないと考えています。
あるのは賃金の差で、その仕事に必要な技術だったり、リスクだったり、時間だったり、そういうものを反映しているだけだと思っています。(これも政党に評価されているかはわからないけども)
もちろん犯罪や人を傷つけることによってお金を得ているものを職業とは呼ばないので、それは外します。
人の助けになる仕事が重要視されがちですが、それは直接的か間接的か、イメージしやすいかしにくいか、という話であって、誰かがその仕事に対してお金を支払っているという事実がある限り、その仕事は必要とされているんですよね。
でなければ淘汰されるはずです、その未来が近いか遠いかはわからないけれど。

唯一、ちょっと違うかな、と思うのは為替取引によって収益を得ている人でしょうか。
今結構多いと思うのですが、これはサービスと金銭の等価交換ではなく、為替の動きをうまく自分の生活に取り入れている、というような印象です。
それによって本人以外に恩恵を受ける人は特にいないと思うので、職業とは言いにくいかなと思っています。

投資家はまた別で、株を買うことによって会社を支援したり、または経営に介入したりできるので、広い意味でのサービスに当たるかなと思います。

話を戻すと、給付金を出す出さないの議論になった時に、職業差別の思想が出てくるんじゃないかな、と気がかりでした。
このような世の中になると、生きることに直接的な関わりをイメージできない業種は軽視されがちです。
そして、生きることに必要なもの、というのは、人によって様々です。
だから、どこに優先的にお金をバラまくか、なんていうのは、考えるだけ無駄な気がするんです。
人によって大切なものは違うけれど、誰かの大切なものだからこそ今存在している。
そう思うと、潰れていい、軽視されていいものなんてないんじゃないかなと思っています。

私は音楽をやっているので、音楽業界そのものが縮小したりライブハウスが潰れたり、楽器屋さんがなくなったりすると、とても困ります。
一方で、釣りをしたことがないので、釣具屋さんがなくなったも私個人としては影響がないでしょう。
ただ、友人の旦那さんで離島に泊まりがけで診療に行っているお医者さんがいるのですが、離島に行くときは必ずイカ釣りの道具を持って行って、合間に釣りを楽しんでいるそうです。
それを息抜きに、また地域の人とのコミュニケーションの場として、とても大切にしているんだそうです。
その人にとって、釣具屋さんって結構大事だと思うんです。
本業にあたる上でのモチベーションにもつながっているはずです。
そんなふうに考えると、釣具屋さんも、地域の人の命を守る中で間接的なサポートを担っていると言えるんじゃないでしょうか、イメージしにくいだけで。

夜の街や風俗なんかもきっと同じです。
そこでストレスを発散したり、癒されたりすることが活力になって、頑張れている人ってたくさんいると思うんです。
個人的に見たら旦那がそういうところにお金を落とすのをよしとしないかもしれませんが、大きく見るとそんな息抜きもできない世の中って窮屈すぎませんか?

生きる上で直接的には関係のないこと、と思っているかもしれないけれど、自分のメンタルがやばくなった時に救いになるものって、”娯楽”だったりするんですよね。
娯楽っていう言葉を使ってしまうと軽くなってしまいがちですが、ライフラインとして重要な役割を担っていると思っています。

ガスが、水道が、電気が、いつも通り供給されなくなってしまったら、困る。
そんなことはわかります。困るのは今すぐですから。
娯楽がなくなってしまった世の中を考えた時、生きてはいけると思うんです、少しの間は。
でも、それは少しの間です。
一度知ってしまった楽しみを手放すことは、人間にとってかなりのストレスになるはずです。
そんなストレスを抱えたまま、仕事と家の往復だけで、生きていけるでしょうか?いつもと変わらず家族に優しくできるでしょうか?

自分の関わりのある業種が重要で、それ以外の業種は落ち込んでもいい、なんて思う人が減ってくれたらな、と思っています。
今の生活は、自分が思っているよりももっともっとたくさんの人の支えによって成り立っているんだとイメージできれば、職業によって差別されるようなこともなくなるんじゃないかと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!