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証券アナリストジャーナル読後メモ:金融デジタライゼーションの進展に伴う制度整備by 中島淳一

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証券アナリストジャーナルを2010年頃からずっと購読している。著名な学者そして経営者の貴重な講演や論文を閲覧できることができ、大変勉強になっている。年会費18,000円は維持コストとして高い、という声も周囲でよく聞くが、月にならせば月額1,500円である。月一回の外食をやめればいい程度のコストで、この水準の論文や講演が読めるのは圧倒的にコストパフォーマンスが良い、と常々思っている。

以下は2020年5月号の記事であり、当時金融庁の長官であった中島淳一氏が金融関連の法整備について述べた記事である。金融当局が日本の金融業界発展のためにこれまで様々な努力をしてきたことがわかり、また基本的には利用者保護を前提に、銀行業務の多角化を容認しようとする意図がわかる記事である。


1.金融庁によるデジタライゼーションに対応した法整備の現状

2016年から2020年に至るまでの法整備の状況は下記の通り。

  • 2016年:仮想通貨交換業の創設や、金融機関によるフィンテック企業への子会社化に対応するため法整備を実施

  • 2017年:電子決済等代行業者(電代業者)を創設、取引所における高速取引行為者(HFT)に登録制を導入

  • 2019年:仮想通貨を暗号資産に改称

  • 2020年:金融サービス仲介業者の創設や、送金サービス行の規制の柔構造化のための法改正を実施

2.金融機関によるフィンテック企業への子会社化への対応

  • 銀行グループが行うことができる業務は、業務範囲(他業禁止)規制により制限されている。その主な趣旨は、①利益相反取引の防止 ②優越的地位の濫用防止 ③本業専念による効率性の発揮 ④他業リスクの排除 である。

  • これらの累計に当てはまらない国内の会社(他業を営む会社)への出資は、議決権の5%までに制限されている。

  • 他方、フィンテックに出資する場合、出資先の業務には、厳密には他業と整理せざるを得ないものも存在する。

  • 汎用性の高いAI技術の開発は、将来的には銀行業務に活用できる可能性があるとしても出資時点では明確ではない。

  • また、他業であっても、銀行業との間で強い親近性を融資、銀行業と組み合わせることで利用者利便性の高い金融サービスの提供につながるものもある(例:ECモールの運営会社に対する出資)。

  • こうしたことを踏まえると、将来的に様々な展開がが予想される中では、銀行グループが行うことができる業務を、法令上、あらかじめすべて列挙しておくことは適当ではなく、むしろ、銀行グループに、より柔軟な業務展開を可能とする枠組みを設けることが適切と考えた。

  • そこで、当局による個別認可を条件に「情報通信技術その他の技術を活用した当該銀行の営む銀行業の高度化もしくは当該銀行の利用者の利便の向上に資する業務またはこれに資すると見込まれる業務を営む会社(銀行業高度化会社)を子会社の類型に追加することにした。

  • 認定の審査のポイントは、①グループの財務の健全性に問題がないこと②銀行業務のリスクとの親近性があること ③優越的地位の濫用や利益相反による弊害のおそれがないこと ④当該出資が、グループが提供する金融サービスの拡大に寄与するものであると見込まれること である。

  • 銀行業高度化会社としては、フィンテックのみならず、地域商社も許容される。

3.収入依存度規制の緩和

  • 従来、銀行内のシステム管理などの従属業務を営む会社については、主に親銀行Gのために営んでいることが規制上条件とされてきた。

  • 具体的には、当該子会社において、親銀行グループからの収入が総収入の50%以上であることが求められていた(収入依存度規制)。

  • その趣旨は、他業である従属業務の取り扱いを、健全性の観点から、銀行業務との一体性を確保しうる範囲に限定する、というものである。

  • しかし、従属業務には、システム開発のように、初期コストは高額でも、その後規模の経済が働き、追加費用が逓減していくものも存在。こうした業務にまで画一的に50%以上の収入依存度規制を当てはめるのは適切ではないとの指摘があった。

  • その結果、現在は、収入依存度は40%以上に緩和されている

  • なお、従属業務とは「システム関連業務、ATM保守点検業務、営業用不動産管理業務、事務用品購入・管理業務等」である。

4.フィンテックとの共同のための環境整備

  • 近年、利用者からの委託を受け、利用者と金融機関の間に立ってサービスを提供する業者(PFM等)が登場している。

  • 従来、銀行から委託を受け、銀行と利用者の間で預金や貸付、為替取引などの代理または媒介を行う際には、銀行代理業として規制の対象となった。だが、利用者から委託をうけてサービスを提供する業者は規制の対象となっていなかった。そこで、電代業者の範囲を以下の通り新たに定義した。

  • 電子送金サービス;預金者の委託をうけて、銀行に対し、為替取引の指図やその内容の伝達を行う。

  • 口座管理・家計簿サービス:銀行から口座に関する情報を取得し、これを提供する。

  • 電代業者の中には、利用者から口座にかかるIDをやパスワードの提供を受け、それを使って利用者にかわり銀行のシステムに接続する手法(スクレイピング)を用いる業者が存在するが、その手法の問題は以下の通りである。

  • IDやパスワードという重要な利用者の認証情報を業者に取得・保有させることにより、利用者に関する情報漏洩、認証情報を悪用した不正送金、セキュリティ上の問題が生じる可能性。

  • 電大業者からのアクセス増加に伴う、銀行システムへの過剰な負荷が生じる可能性。

  • 電大業者については銀行との賠償責任の分担などについて規定することが求められている。

5.オープンAPI

  • 銀行が銀行の外部のフィンテック業者に、銀行のシステムの接続仕様を公表するのがオープンAPIである。

  • フィンテック業者はその機能を利用してサービス設計・提供を行うことが可能になる

  • オープンAPIの活用により、電大業者は、利用者の同意をえれば、利用者の口座にかかるIDやパスワードを取得することなく、電代業を営むことが可能になる。

6.データ利活用についての法整備

  • 銀行は、自身の業務に活用するために、データ取得・保管・分析を行ってきた。

  • 従来は、自身以外の業務にデータの取得・保管・分析を行うことは、業務範囲規制において、情報の第三者提供の位置付けが明確化されておらず、慎重にならざるをえなかった。

  • そこで、改正では、金融機関の本体業務に、保有情報の第三者提供業務を追加することにした。

  • 保有情報を第三者に提供する業務のうち、銀行業の高度化または顧客利便性の向上に資するものは許容することとした。

  • だが、銀行業との関係をなんら見出すことのできない保有情報の第三者提供業務(音楽・娯楽動画の配信サイト運営)は認められない。

7.決済法制

  • 2009年の資金決済法により、資金移動業者が誕生した。現状100万円以下の送金に限り取り扱いが認められている。

  • 資金移動業者による送金件数は1億2千万件であり、取り扱い金額1兆3千億円に上る(数字は2018年のもの)。

  • 件数ベースでは、5万円未満の送金が9割、アカウント毎の残高は5万円未満が9割以上であり、主に小額送金に用いられている。

  • かかる中、海外送金においては、100万円超の送金ニーズが存在しているため、規制を改正した。

  • まず、100万円兆の高額送金を取り扱い可能な新しい類型(認可制)を創設した。

  • また、多額の資金が、利用者のアカウントに滞留するとリスクも大きくなるため、具体的な送金指図を伴わない限り、利用者からの資金は受け入れ不可とすことにした。

8.今後の課題

  • 将来、利用者ニーズを起点として、金融サービスのアンバンドリング・リバンドリングが進むと、銀行グループ内で証券会社、保険会社などの金融子会社に加えて、一般事業子会社を併存させようとするニーズや、単一の主体で、銀行と証券会社を併営する、さらに、一般事業も担おうとする可能性も予想される。

  • 他業禁止において、本業専念義務については、そもそも本業が変容していく可能性について考えていく必要がある。

  • また、他業リスクについては、銀行が銀行業以外の業務を営むことで、むしろ収益性が改善するといった状況に至る可能性についても考える必要がある。

  • 一方で、預金については、預金保険制度というセーフティネットについても留意する必要がある。

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