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【短編小説】カプセル型の薬|ポンコツ博士の研究室(#青ブラ文学部)

《約1400文字 / 目安3分》


 昼寝をしていたんだと思う。私はソファから起き上がり窓を開けた。小麦色の空の奥から太陽がひょっこり覗いていて、沈みそうでまだ沈まない、この時間帯が愛おしい。

「助手よ、きれいな眺めだね」

 気が付くと博士が隣にいた。不意にも私はドキッとしてしまった。博士の顔が、今日はちょっと凛々しく見える。

「博士、なんだかお若くなりました?」

「何を言っているんだ。僕はまだまだ若いよ?」と博士は笑っていった。「とまあ冗談はここらへんで。でも、冗談ともいえない。僕は若返ったんだよ」

「……どういうことですか?」

「これを見たまえ」と博士はいって、白いカプセル型の薬を見せてきた。「ついに若返りの薬を発明したんだ。助手のおかげだよ」

「博士……あなたはすごいです」

 そう私はいって泣き崩れてしまった。あのポンコツ博士がここまでの偉業を成し遂げるだなんて、まさに夢のようだった。

「助手よ、僕を見てごらん。イケているでしょ?」

 博士は私に見てほしそうにしたが、視界がぼやけてなにも見えない。それでも博士に、イケています、そう伝えた。

 博士は照れたように笑いながら、私の涙をハンカチで拭いた。なんだろう、博士がいつもと違う。

「もし、僕が抱きしめれば泣き止んでくれるかい」

「……それはどういう」

 一瞬のことだった。訳もわからないまま博士に抱きしめられていた。それが嫌だった、いや、不思議と嫌ではなかった。博士の体が、自然と私の体に馴染んでいくようだった。

 いつの間にか、私は泣き止んでいた。

「ちょっとは落ち着いたかな」と博士はいった。

「はい、博士のおかげで……。ほんとに、若返りの薬なんて、すごいです」

「助手よ、若返りの薬より、もっとすごいものを見させてあげるよ」と博士はいって、私を押し倒した。

 私は驚いてなにも言えなかった。これは恐怖なのか、不安なのか。頭が回らない。けれど一番に出てきた言葉は、好きにしてくださいだった。

 私は目を閉じた。何をされてもいいと思った。博士とそんな関係になっていいのか、迷いはあったが、それを忘れさせるほど博士は温かかった。

 こういうことになるかもしれない、それは初めて博士の家に来たときから覚悟していたこと。唯一怖かったのは、私がバージンだということ。けれどきっと、博士となら大丈夫だと思った。

 博士、早く私を包み込んで。早く。早く。

 ……って、いつまで待たすの。

 早く。



「助手ちゃん、大丈夫?」

 目を開けると、私はソファに横たわっていた。

 あれ、一体どうなったのだろう。

「いやはや、やっぱり私が先に飲むべきだったよ」

「……なんの話です?」

「覚えていないのかい?」と博士はいって、さっきと同じ白いカプセル型の薬を見せてきた。

「それは、若返りの薬では」

「助手よ、何を言っているのだ。これは吉夢を見られる眠り薬だよ」

「吉夢を見られる眠り薬……」

「助手が最近、気持ちよく寝られないというから発明したのだ」と博士はいった。

 頭の整理に時間がかかったが、私はすべてを思い出した。

「博士、そういうことでしたか」

「とりあえず無事そうでよかったよ」と博士はいって胸をなでおろした。「さて、助手よ。どのような吉夢を見られたかな。さぞいい夢だったろう?」

「どちらかといえば、悪夢でしたね」

 そう私がいうと、博士は絵に描いたように落ち込み、その薬をポケットにしまった。

 その夜、博士が寝たところをこっそり、その吉夢を見られる眠り薬とやらを私が貰っておいたのは、誰も知らない話だ。





◆ポンコツ博士の研究室

◆長月龍誠の短編小説


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