閉鎖病棟日記「カウンセリングがあった」

カウンセリングがあった。以下記録。太字はカウンセラー。

まず今日愚痴ってもいいですか?

えぇ。愚痴? はい、どうぞ
郵便局行ったんですよ。入院してるので配達を止めてるわけじゃないですか。だからそれの更新に行ったんですよ。そしたら、郵便局の手違いで一つ荷物──まあ酩酊のための薬ですけど(笑) 合法ですよ? もちろん──が返送されてたんですよ。で、まあそれはいいんですけど。まあ良くないですけど(笑) それで、「全力を尽くして手元に戻します」とか言うんですよ。「いや、全力を尽くすのは勝手にやってくださいよ。それで荷物が戻らないことはあるんですか?」「全力を尽くします」「全力を尽くして荷物が戻らないことってあるんですか?」「そうならないよう、全力を尽くします」日本語としておかしい(笑)
で、まあ怒っても仕方ないので、「全力を尽くしてください」と言って帰ってきたんですけど、今さっき電話があって、「駄目でした」と(笑)。「国内にないんですけど、国内にあると思って頑張ります」いや、なにそれ?みたいな(笑)で、相手が言うには「国外に戻った場合は送り直してもらってください」「送料は?」「相手持ちで」えー!みたいな(笑)
「で、相手に送り直してもらうことは可能か聞いてください」とか言うんですけど、さっきのことでカッカしてるんで、「〜〜みたいなことがあったんですけど、『全力を尽くします』って日本語として間違ってるかどうかだけ聞きます」と言ったら「うーん……」とか言って黙るんですよ。それを三回ぐらいされたので、「あの、別にこれでどうこうしようってわけじゃないんです。これを聞けたらこちらとしても向こうとの交渉頑張りますよ」と。「ただ、あなたがこれは日本語としてどう思ってますか?」「うーん……」「これは失礼に当たるかもしれないですけど、あなたって日本語話者ですか?」「はい」「じゃあわかりますよね?」「お客様が正しいと思います」「いや、あの局員が間違ってるかどうかを聞いてるんですけど」「局員が間違ってると思います」やっと言った(笑)
政治家みたいな返答しやがって。ああいう返答ってこっちを馬鹿にしてないと言えないじゃないですか。だからすげー疲れて。ふざけんじゃねえよと。まあ怒っても仕方ないですしね……。ぶん殴ってこっちの非になってもきついですし。

たなかさんとしては、「むかつくけど、怒らない」けど「怒っても仕方ないし、ただ自分が我慢する」みたいなことが多いんですか?
多いですよ。というか、それしかない。でもムカつくのは、「自分が相手を不快にさせないし、自分は相手にムカつかされない権利がある」と勘違いしてる人間の多さなんですよ。思い上がりでしかないし。だから自分は無意識に相手をムカつかせるくらいに留めたい。意識が届く分は相手を不快にさせる量を少なく出来たと思いたい。でもそれで、相手が「あー今日も人をムカつかせずにいられた」と思ってたとしたらすげームカつくっていう。勘違いしてんじゃねえよって。
僕は機嫌だって相手が不快に思う要素になるって思ってるんですよ。親に「お前が落ち込んでると、自分に非があると言われているようでムカつく」とか言われて育ってるんで。ポル・ポトかよって(笑)

ポル・ポト?
カンボジアの独裁者で、自国の大人の七、八割を虐殺したんですけど、それは理論によると、「笑っているのは昔を懐かしんでいるからだ。泣いているのは今が悲しいからだ」って理論で人を殺してるんですよ。
だから僕は相手を不快にさせないようにあまりつらいとかは言いたくないし、つらいと言う時にはいつも苦笑したり自嘲してるじゃないですか。だから、そう……うーん、つらい(笑) 本当は今すぐに死にたい。それは自分が死ぬ能力があると過信しないと無理なんですけど

実家の環境でそう思わざるを得なかった?
そうですねぇ。ある種、親の被害妄想を受けて育ったから、自分に、まあそんな言葉はないですけど、『加害妄想』的なところがありますね。誰かが僕のせいで不快になっているだろうと。だから自分の感情すら嫌いなんですよ。病棟に泣きたくなるほど優しいおじさんがいるんですけど、そのおじさんは僕が辛そうにしてると「大丈夫? 深呼吸しなね」とか声かけてくれるんですけど、マジで辛い時って話しかけられたくないんですよ。だから、自分が不快に思ってしまうことで、相手を加害者にさせてしまっていて、こういうところで言うのも先生を信用してるんですけど、そういう自分の中身が透けている感覚と自分に科している視線がきつすぎて。うーん。死にたい(笑)

それに、ここでも看護師とかムカつくんですよ。「こいつはキチガイだから、怒ってたとしてもキチガイの理論で怒ってるだけだから私は悪くない」みたいな。相手が間違えてるって前提があるから、暖簾に腕押しみたいになってる。親もそうで、まあ躾っていうのは元々そういった感覚や前提が前提にあるじゃないですか。滑り台で遊びたいと子供が言ってるけど、滑り台から落ちたら危ないから間違ってる。みたいな。相手を舐めてんすよ。前提から。まあそこでキレても暖簾に腕押しなんでね。「ははは。はーい」以上ですよ。

そこで相手が「私は悪くない」と思ってたらムカつきますよね
そうですよ。前提でこいつを正そうみたいなのがあるやつはヤバいんですよ。僕は父が新興宗教を信じていたが故にそれを知ってますけど。彼だって「こいつを極楽浄土に行かせよう」と思ってるから言う訳じゃないですか。それにここでも間違ってる奴を正そうとしてる奴が何人もいるんですよ。「リストカットやめた方がいいよ」で相手泣かしちゃうみたいな(笑) そんなん言っても仕方ないじゃないですか。相手は相手の理論があるんだし。

で、そうやって相手に合わせているうちに疲れてしまって、ある閾値を超えるとワーッってなってしまう?
そうですよ。そうならないようにね。あー、これ言っていいのかな(笑) 先生は主治医にそれを言わないという前提の元に話しますけど、いいですか?

はい
酒を飲まないと生きていけないんですよ。毎日ねえ、コンビニに売ってるやっすい日本酒を500mlほど飲んでるんですけど。まあ自傷ですよ。そうしないとすぐ疲れてしまうし、人を許せなくなってしまうし、加害者にしてしまうから。死にたいな(笑) 死んだ方がマシ(笑)

最近はいつもそうしてる?
もうねえ、患者がキツいんですよ。つらさでマウント取って、そういうのはキリスト教の教会でやれよって思うんですけど。奴隷道徳(笑) 僕はもう三十なるんで、何回も死のうとして死ねなかったから、死ねるとなんて思ってないんですよ。だから消えれるなら消えたいけど、主治医の前では「希死念慮がある」なんて言えない。だから軽く思われてる──軽く思われてるのかどうかはわからないけど──まあ多分患者には軽く思われてるだろうな。なんかもう生きていたくなくて仕方ない……

あー、でもこういう仕事なので、主治医の方には報告させてもらいます
先生には「主治医に言わないかどうか」とゆっくり長々と先に聞きましたよね? まあ筋違えることをなんとも思わない人ならいいんですけど。筋違えることをなんとも思わない人なんですか?

そもそもこういう場所は場合に応じて主治医に伝えることもあると前提として話したはずですが?
じゃあいいですよ。毎回前提の確認から始めてくださいよ(笑) でも話すことなんて何もなくなりますよ? 信頼できない人に話すことなんてないですから

……………………
いやあ、嘘ですよ(笑) 全部嘘です(笑) 酒なんて飲んでないし、幸せな家庭に生まれ育ってますよ。本当は僕は母親が太陽から受胎して生まれました。クソッタレ。
別に嘘を信じる人でもいいですよ。そしたら任意入院なんでさっさと退院するだけですから。それでまた体調が悪くなったりしてどっか切ったりなんか飲みすぎて失敗して運ばれてくるかどうかはわからないですけど。

でも、嘘をついても辛いのは行動を見てれば本当だってのはわかりますよ
そうですか? 言葉は痛みを伴わないからすぐに嘘をつけるけど、痛みを伴う行動すら嘘をつける人だっているかもわからないじゃないですか。

それに酒を飲んだって嘘──ってことにしておきますけど──嘘をついたのは、前回先生が「あなたは理論立てしすぎてよくわからないです」とおっしゃいましたけど、じゃあ僕みたいな、人に対して理論立てて、対人で理論の割合を100%にしたいがために本なりなんなり読んでる人は非理論に向かうために酒を飲むしかないですよ。

例えば弟──弟は知的障害も身体障害もあるんですけど──は多分野性、野性とは人間が社会で生きていくために立てた理論を獲得していないことと定義しますけど、野性が100%に近いじゃないですか。でも親に何も言われていない。何それ?みたいな。まあ、彼は彼なりの苦悩が、苦悩する頭があるのなら、あると思うんですよ。例えばさっき言った、こちらが間違ってるって前提の元対応してくるナースみたいな人が全人類な訳だし。

まあ、言い方を変えれば、僕は酒に甘えているのかもしれないです。生きていけないですよ。正直。僕は対人だと理論を立てすぎて、酒を飲むしか……まあ人と酒を飲んでも人に甘えられないですけど。一人ならぼんやり自分の中の理論非理論の割合を変えられる。酒にならつらいって苦笑せずに言っても許される。そうやってぼやかして生きていくしかないんです。死にたい。クソッタレ。クソだ。全部。これも全て演技なんだけど。

じゃ、じゃあ、私の方からは主治医にお酒のことは訊かれない限り言わないでおきますね……
まあ、そうしてください。ありがとうございます。そういう言い方をして、訊かれたってていで話すのかもしれないけど(笑) 少しはそうしないと信用できないですよ。信用の大部分が他人にここだけの話を言わないことで出来ているんですから。まあ、全部嘘なんですけど。

例えばここで隔離室に入れられて、一週間で出るとかで、それが自殺企図に効くんだったら、口に布詰めて四肢を切断してダルマにしちゃえばいいんですよ。それで「自殺しなかったです」と言うことの馬鹿らしさを考えてもらったら、隔離室がどんだけ馬鹿馬鹿しいのかわかりますよね。外に出れないとかでも同じですよ。外に出れないから酒を飲まなかったです。当たり前だろっていう。クソだよ。でもクソでもクソ以外でも別々に疲れてしまうし、そういう自分が一番クソだ。どこ行ってもダメ。天国でも疲れてるかもしれない(笑)

僕はねえ。こんな病院でも入院して良かったと思うことがあるんですよ。それは薬を配るときに、看護師が僕の手に触れるんですよ。その瞬間、僕は触ってもいい存在として思われてるんだと思うんですよ。許されてる感覚がする。日本の手当てという言葉は、病人の手を見舞い客が握るだけで少しは気が楽になることが語源らしいですけど、気が楽になるのは、許されてる感覚が理由じゃないかなあ。

死にたい気持ちと、酩酊に頼りたい気持ちがあるということだけは伝えておきますね
ありがとうございます。酩酊に頼らないで済むようにしましょうってことは元々入院の際に決めた課題でもありましたもんね。もうね。生きていけない。全部辛いんだから。誰とも関わらないで済むんだったらそうしたいけど、寂しいという気持ちがあるし。死にたいなあ……。あっ、忘れてた。死にたいなあ(笑)
もうそろそろ時間じゃないですか? あっ、過ぎてる。すみません。長々と。

じゃあ次は二週間後の……四月一日ですね。
えっ、四月一日?

ええ。間違ってますか?
あー、四月一日かあ。じゃあ嘘をたくさん用意しないとだ(笑)

私にはたなかさんの嘘を見抜ける気がしないですけど。聡明な方ですし。
それが嘘じゃないことを祈ります(笑)じゃあ(笑)

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