憧れの彼女【2000字のドラマ】
僕(19)大学二年生。
沙那(19)僕の恋人 大学二年生
REIRA シンガーソングライター
憧れ
時の流れは早いもので、彼女と付き合い始めてもう一年が経とうとしている。
毎回の授業で堂々と意見を発表する生徒がいた。「勇気あるな、あの人」最初はそう思うだけだった。しかしその姿を目にする度に、段々とその女の子のことが考える時間が増えていった。常に自信に満ち溢れている彼女に、どちらかというと内向的な僕は、憧れに近いものを感じていた。付き合ってしばらく経った現在もそれは変わらない。
カメラの向こう側
駅の改札を通り待ち合わせ場所に着くと、既に待っている彼女の姿が見えた。近づいて軽く肩をたたくと、彼女が顔をあげた。
「待った?」と聞いた。
「ううん今来た。なにか食べたいものある?」
「特にないかな。君が行きたいところでいいよ」
彼女は苦笑いをしながら言った。「分かった。いつも通り、私が決めるね」
彼女についていくと、おしゃれなカフェに着いた。それぞれ飲み物とケーキを頼む。少しして運ばれてきたら写真を撮る。彼女が満足のいく写真が撮れるまでお預けだ。
彼女は2万人のフォロワーを抱える女子高生・女子大生に人気のインスタグラマーだ。彼女のアカウントページは映えスイーツやトレンドファッションなど、キラキラしたもので埋め尽くされている。
5分ほど経ち、やっと彼女は満足のいく写真を撮り終えたらしい。モンブランとココアを口に運びながら、彼女の話に相槌を打つ。僕から積極的に自分の話をしないのはいつものことだ。面白いことは言えないし、彼女の話を聞いている方が楽しいから。
ケーキを食べ終わり席でたわいもない話をしていると、女子高生らしき二人組がテーブルに近づいてきた。
「あの、、沙那さんですか?」
そのうちの一人が小さな声で彼女に尋ねる。
「あ、そうです」彼女も小さな声で答える。
「いつもインスタ見てます!一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
「もちろんです」嬉しそうに彼女は言い、僕に「写真お願いしていい?」と聞く。
女子高生から渡されたスマホのカメラを彼女たちの方に向ける。画面に映る満面の笑みの彼女は、まるで知らない人のようだ。
告白
晩御飯を食べ終わり、自室のベッドの上でうつぶせになり携帯で動画を見ていると、画面に彼女の名前が現れた。電話のマークを右にスライドし、電話に出る。彼女の声にいつもの元気がない。
「こんな時間に電話なんて珍しいね。どうした?」
「伝えたいことがあって電話したんだけど、、、別れたい」
頭が真っ白になった。何か言わないとと思い、言葉を絞り出す。
「理由は?」
「この一年間、デートの行先を決めるのも話すのも私ばっかり。もう疲れた。」
衝撃だった。僕は彼女との関係に不満はなかったし、それは彼女も同じだと思っていた。いつから一方通行になっていたのだろう。走馬灯のように今までの思い出がよみがえる。
「分かった、、、。今は言いたいことがまとまらないから少し時間が欲しい」
「うん。分かった。」と彼女は答えた。
3曲目
電話を切り、仰向けになって天井を見つめた。人生で初めての失恋だ。「もう疲れた」と言った彼女の声を反芻する。その時の彼女の表情までありありと想像できる。
やり場のない気持ちを抱えながら、スマホのロックを解除する。音楽再生アプリを開いて「失恋」と入力する。出てきたプレイリストを再生し、ランダムに流れる曲の歌詞に耳を傾けながら目を閉じていた。
プレイリストの2曲目が終わり、3曲目が始まる。女性のハスキーな声が心地よく流れる。恋人への思いと別れを選ぶべきかの葛藤を切なく歌い上げる。今の僕の心情に重なり、連続で3回リピートする。REIRA。知らない歌手だ。
出会い
ブラウザを開き、彼女の名前を検索する。彼女のSNSアカウントに続き、インタビューの記事が表示される。好奇心でクリックする。
「この曲は私の実体験です。失恋した時にすごく落ち込んだんですけど、誰にも話す気になれなくて。なんとなくノートを開いて思ったことを書き込んでいったんです。そしたら止まらなくって(笑)。それで、こんなに書いたんだから歌にしてみたらどうかなと思って、メロディーを合わせてみました。」
失恋のプレイリストに載っていた曲は、彼女のデビュー曲であり、さらに彼女の実体験を歌ったものだったらしい。
曲について語る彼女は生き生きとしている。文章を読んでいるうちに、心の底からワクワクする気持ちが込みがってくるのを感じていた。表現って、音楽ってすごい。失恋による動揺はおさまりつつある。
表現
表現。感情を表に出して昇華すること。今自分ができる表現ってなんだろう。僕は文章が好きだ。シンガーソングライターの彼女と同じように、文字で自分を表現したい。ノートパソコンを開いて調べていると、noteというサイトを見つけた。
「つくる、つなげる、とどける。」
ここかもしれない。僕が表現できるのは。すぐにサイトを開いて、ユーザー登録をする。サイトを見ていると、一つの企画が目に止まった。
#2000字のドラマ
「あなたの物語をマンガに。」
これだ。
テキストを開き、キーボードを叩く。
時の流れは早いもので、彼女と付き合い始めてもう一年が経とうとしている。
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