闇、いと近きもの #6
「あ、ありがてえ……」
夕闇が荒野を覆い始める中、匪賊の色を残した男はガノンに頭を下げていた。しかしガノンは、厳しい表情を崩していない。襤褸をまとった少年もまた、暗い瞳を男に向けていた。やむを得ずに焚き始めた火が、三人を照らす。最初に口を開いたのは、ガノンだった。黄金色にけぶる瞳を鋭くし、男に向かって重圧を掛ける。
「嘘偽りなしにすべてを話せ。貴様は、匪賊の者だな」
「……あ、ああ。まさか」
一拍の逡巡を経て、男は己が悪行の者であることを認める。しかしその頬には汗が流れていた。殺されることを、危惧しているのか。
「すべてを話すならば、この場からは無事に去らせてやろう。だが、後の保証はくれてやらん」
「す、すまねえ。それだけでもありがてえ」
ガノンの言葉に、匪賊の男は頭を下げた。威圧的にまとめ上げられていたはずの頭髪はとうに崩れ、身体を護るはずの武具もあちこちがほつれている。この場を凌げたとて、男の未来は儚いだろう。しかしながら、男にとって生は救いだった。生きていれば、もしかしたら。僅かな希望だけが、今の男を支えていた。
「数刻前のことだった。俺たちは十人ぐらいの徒党を組んでいたんだ。軍隊崩れとか食い詰めとか、そういう連中が集まった。それだけだった」
男はつらつらと語り出す。少年が襤褸の下で顔をしかめたが、ガノンは男を止めなかった。話すという行為には、整理が必要である。【大傭兵】はそのことを、身をもって知っていた。
「何回か隊商を襲って、それなりに成果を上げた。これからもっともっとやってやる。その矢先だった」
男が、己の身に起きた悲劇を語り始めた。それは、ほとんど一瞬の出来事だったという。黒の布で頭髪と顔を覆い隠し、黒の軽装に身を包んだ男が彼らの前に現れたのだ。
「最初は、死にてえ奴かと思ったんだ」
黒の男は、彼らに匪賊か否かを問いかけたという。徒党どもはそれを、意気揚々と、嘲笑うように認めた。実際いくつかの襲撃はやりおおせたし、これからも襲撃でもって生きていくつもりだった。たった一人の自殺志願者相手に臆して、なんの意味があるのか。当然の反応だった。
だが次の瞬間。一人の首が飛んだ。黒の男は、その場から動いていないというのにだ。必然、動揺が生まれる。しかしその次の瞬間にはまた一人の腕が飛んだ。なにが起きているのか、彼ら匪賊にはわかり得なかった。
『な、なんだ! なにが起きてやがる!』
一人が叫ぶ。だが次の瞬間にはその男の首が胴と別れた。
『逃げろ! 逃げるんだ!』
また一人が叫ぶ。しかし次の瞬間には胸を貫かれていた。そこで初めて、匪賊どもは黒の男が放った得物を確認した。男から伸びた黒が、意志を持つかのように仲間を打ち抜いていた。
『うあああ!?』
ここで遂に、恐慌が生まれた。全員が散り散りに、めいめい思い思いの方向へ逃げ出さんとする。しかしその目論見はすべて、黒によって成敗された。ある者は頭部を貫かれ、またある者は足を斬られた。またある者は首をはねられ、またある者は胸部から黒を生やす結末へと陥った。
匪賊の男がこの惨禍から逃れ得たのは、まったくもってただの幸運で、ちょっとだけ他の者よりも逃げ足が早かっただけのことだった。彼は目をつむり、黒がかすめようと意に介さず、耳に聞こえるものすら見捨てて走り抜けた。そのことが、彼を黒の蹂躙から生き延びさせたのだ。
「とにかく、恐ろしかった」
すべてを話し終えた匪賊の男は耳を押さえ、ガタガタと打ち震えていた。目には涙を浮かべ、顔は青ざめている。語っているうちに記憶を、仲間だったものの声を蘇らせてしまったのだろう。ガノンは、彼の肩を掴み、短く告げた。
「よくぞ、語ってくれた」
「お、おお……」
彼の強き手が、男の震えを押し止める。荒野の夜は、決して温かいものではない。だというのに、ガノンの手には熱があった。生命ある者が持つ、熱に溢れていた。
「今宵はここで過ごせ。明日の朝には放逐する。せいぜい生き延びろ」
ガノンの言葉に、男はコクコクと首を縦に振る。そうしてこの夜は眠りのままに更け、朝を迎える。匪賊の男は己の来た方角を告げた後、ガノンたちの真の目的を知った。無論、男は一目散に逃げ去った。その後の行方は、誰もが預かり知らぬことだろう。
「行くぞ」
ガノンが短く口を開く。彼は饒舌ではない。知性に長けた者でもない。ただただ戦神を崇め、祈りによってその使徒となった者である。ただし、だからこそ。その言葉は強い。「行う」と決めたことにしか、彼の舌は動かない。
「……」
襤褸の少年が、首を縦に振った。少年も少年で、おそらくこの先に起こることを悟ったであろう。だが、その目は死んでいなかった。なにが起きようと見届ける。そういう気概に満ちていた。
「……」
ガノンが無言で、ホクソー馬へとムチを入れる。馬は一鳴きした後、荒野を凄まじい速さで駆け始めた。すべては【荒野の黒狼】、おそらくは闇の眷属と化した者――と、向き合うためである。
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