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「楽しく働く」より「機嫌よく働く」

 楽しく働けたらいいなと思う。仕事が楽しくて仕方がない、仕事の続きがしたくてたまらなくて、早く明日になってほしいと願いながら眠りに就く、そんな日々を過ごせたらどんなにいいだろう。

 でも、現実はそうはいかない。嫌な仕事、気が進まない仕事、やりたくない仕事はどうしてもある。あんな奴と一緒には働きたくないと思うことだってある。自分がどんなに頑張っていても、会社の経済状況が芳しくなかったり、自分の成果や努力を評価してもらえないと感じたりすれば、楽しい気持ちも失せてしまう。

 好きで選んだ仕事のはずなのに、どうしてこんなことになっているんだろう?と頭を抱え、鉛のように重くなった心をどうにかしてなだめながら、疲れ果てて床に就く、なんてことは幾度となくあった。

 そんなとき、例えば誰かに「楽しく働こう」なんて働きかけられても、いったいどうやって?と尋ねたくなる。

「楽しく働こう」とスローガンを掲げるのは素晴らしいことだ。だが、仕事は楽しいことばかりじゃない。仕事を楽しいと思えないとき、「どうやったら楽しくできるだろう」と考えられれば良いのだろうけれど、私はそこまでポジティブには生きられない。私の家は代々仏教で、人生は一切皆苦、四苦八苦なのだ。根が暗いのだ。

 でも、そんなよわよわな私にも、一つだけできることがある。

 機嫌よく働く、機嫌よく働こうとすることだ。どんなに楽しくなくても、どんなにしんどくても、どんなに仕事の状況・環境が悪くても、せめて表面だけでもいいから機嫌だけは良く保ち、自分に対しても人に対しても、柔らかく自然体で接する。それができれば、望ましくない状況や環境の中でも何とか生きていける。

 ・・・のかもしれない。

 機嫌悪く生きていて良いことは、たぶんあまりない。周囲の人も、自分もさらに状態を悪化させ、回りまわって状況を悪化させることにしかならない。私のこれまでの経験を思い返してみても、職場で機嫌悪い人を見て良い気持ちはしなかったし、それが管理職の人だったりすると職場の空気は最悪だった。そして、そのうち誰も近寄らなくなり、力も貸してもらえなくなる。

 だが、機嫌良くしていて、良いことは結構ある。自分を最悪の状態に落とし込むのを防ぎ、まあ何とかなるかと楽観できるかもしれない。他の人に悪い影響を与えずにすむので、人の力も借りられるかもしれない。夢はなくても、きっと希望はある。

 せめて機嫌良く毎日を過ごすように心がけていれば、そのうち「楽しい」という気持ちもどこかでよみがえるかもしれない(ならないかもしれないけれど)。

 もちろん、自分がこれまで機嫌良く生きてこられたか、学校や職場で機嫌良くいられたかは、まったく自信がない。いや、それどころか大いに反省することも多い。謝らなければならない人もたくさんいる。

 でも、何事も始めるのに遅すぎることはないと言う。せめてこれからの人生、なるべく機嫌良く働き、機嫌良く生きていきたい、生きていこうと思う。

 機嫌良く働くにはどうすればいいかって?それは、仕事しながら、口角を上げる練習をするだけでも効果はある。リモートワークなら、その姿を見られる心配もない。形から入ることで達成できることは、ある。何とかなる。
 
 こうして人目につくところで書くことで、自分をエンカレッジしたい。決して人様に押しつけようとなどはしていません。

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