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わたしの東京の風景・新宿で豪雨に遭ったことがない


東京事変の名曲「群青日和」の出だしは、新宿は豪雨であるという旨のフレーズから始まるが、10年間東京にいて、そういえば新宿で豪雨に遭ったことが一度もなかったなと思う。
もちろん雨が降っていた日はあるけど、雨の新宿を傘をさして歩いた記憶すら少ない。わたしの記憶の中の新宿は、明るく猥雑で、人で溢れかえっていて、いつも晴れている。そしていつまで経っても空いているカフェに辿り着けない街。


渋谷よりも池袋よりも、新宿が好きだ。
渋谷は大学生のときに、知らない酔っ払いの男にいきなり抱きつかれたことがあるからクソ。
池袋は家から近かったし、前の職場もあったので頻繁に行っていた。しかし買い物をするのとラーメンを食べるのには便利な街だが、それ以外に特に長所はない。いつもどんより曇っている印象の街。


新宿にももちろん短所はたくさん存在する。うんざりするほど人が多いので、友達とお茶をしようにも空いてるカフェはいっこうに見つからない。
飲食店が多すぎて、逆に飲みに行く店が決めにくい。たいがいが狭くて、酒が極端に濃いか薄いかで、肉寿司を出す居酒屋ばかり。
駅の構造は広くて分かりにくく、もちろん治安も悪い。
ある時、元彼とラブホテルに向かう道中、歌舞伎町を歩いていると、水商売のキャッチに「これからセックスしにいくんですかぁ?!?!」とでかい声で冷やかされたことがある。最低だ。「はい!!!!!!」って元気よく返事すればよかったかな。


そんな感じで、通りを奥に入ればどこまでもごちゃごちゃとしているのに、目抜き通りでは伊勢丹がすんっとした顔で佇んでいるから不思議だ。
新宿という街は平然としている。悪いものなんてあって当然、わたしは何も隠していませんよ、だってそれが新宿なんだもの。とでも言いたげに。


田舎者のわたしからしたら今でも信じられないのだけれど、20代のときに2年間ほど、新宿のオフィスで働いていた時期もある。
それは駅直結の大きなビルで、でかいエスカレーターやコンビニも備わっていて、社員証をゲートにかざして入館するオフィスだった。
社員証をかざし、ゲートの透明な扉がファン…っと開くたびに、(わたしは今、都会で働いている……)と感じた。毎朝そう感じるくらいだったから、多分、新宿で働くのには向いていなかったのだろう。2年も経たずにその会社を辞めて、こうして秋田に帰ってきた。

40階建くらいのビルの高層階で働きながら、わたしはいつも、窓の外を眺めては信じられない気持ちになった。こんな場所で働いているなんて、と。それは喜びとは程遠く、ただただ現実味のなさだった。まさに地に足がついていないと。
窓から一望できる東京の景色は、フィクションの街を見下ろしているみたいだった。春には新宿御苑の桜すらも見えた。そんな馬鹿な。とずっと思っていた。


歌舞伎町のバッティングセンターの近くに、バリアンという有名なラブホテルがある。わたしはよくそこに元カレと泊まった。
わたしはバリアンが好きで、隠さずに言うとヘビーユーザーだったけれど、アイランド店は他の店舗に比べて、比較的静かな通りを歩いて入ることができる。(お得な情報)
静かで暗い通りを、人の目を盗むようにこっそり歩いてホテルに入るときは、いつも気分がワクワクした。隠れ家に潜り込むときみだいだったから。

その翌朝には、駅までの道を二人並んで歩いて帰る。大概が土曜日の朝8時とか。仲のいい恋人関係でもない二人が、朝のラブホテルに長く滞在する理由はない。
朝の歌舞伎町はいつも晴れ。ここでもそう。なんだか知らないが、ラブホ帰りの歌舞伎町ってバカみたいに晴れてるんだよな。いつも。ほんとに。

太陽の光が隅々まで差し込み、すっかり丸裸になった夜の街。無礼なキャッチも酔っ払いも、たぶん今はどこかのベッドで眠っている。ごみ収集車が通りを巡り、カラスが道路を横切る。そんな感じだ。
夜の気配というか余韻というか、そんなものはすっかり消えて、中身のないおしゃべりをしながら駅までの道を歩く。大通りに向かうとどんどん人が増えてきて、舌打ちしたくなる。昨日までのことが全部夢みたいに感じる。化粧を落としきれなかった肌が乾燥していくのを感じてさらに苛立つ。
ラブホ帰りの朝というのはつまり、だるさでしかない。(きっと分かってくれますよね??)

好きな人とまたしばらく会えないことも含めて、最悪だ、とも思うし、でも、あぁようやく一人になれる、とも安堵する。Apple Storeの前を通るとき、彼が何度か繰り返したエピソードを話して、わたしは内心飽きているのを隠して曖昧に頷く。


新宿は容赦のない街。むかつくくらいにびかびかに晴れた朝が来る。必ず。


それでもまたいつか新宿に遊びに行きたいなと思う。もちろんラブホテルじゃなくても。たいした目的がなくても、ふらっと。中華料理とか食べに行きたいな。そういえばゴールデン街にも何度か行っていました。DUGに行ってソルティードッグを飲んだことも。
新宿という街にはそういう容赦のなさと、ある種の魔力がある。それがただの思い出なんじゃないかと言われたら、まぁ、わかんないけどね。