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息子にとって会話はとてもむずかしい【エッセイ】

鉢植えのあじさいが遂に咲き始めた。去年は花芽もつけず終わってしまったが、今年の五月に入ると多くの花芽をつけ、六月には黄色っぽい花が咲いた。日に日にその色はピンクがかり、紫色へと変化していった。

あぁ…世話を続けていて良かったなと思う。

世話といっても枯れないように水を与え続けていただけだが、咲くとも分からぬものに毎日水を与え続けるのはなかなか根気が要るものである。変わり映えしない日々の方が圧倒的に長いし、枯れてしまうこともある。どう成長するかなんてその先が事前に見えることなんてないのだから。

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さて、このシフォンケーキをつまみ食いしているのは我が息子であるが、この子はいつもニコニコしている。どれぐらいニコニコしているかというと、バスの中でニコッと微笑めば見ず知らずのおばちゃんから飴ちゃんを貰えるぐらい愛想がいいのである。

自転車もコマ無しで乗れるし、トイレも自分でできる。最近は不器用ながらもお箸を使えるようになった。

絵本の暗記は得意だ。読んで好きになった絵本は何回も読んで、スラスラと暗唱できるようになる。
知らない絵本であっても、ひらがな・カタカナ・漢字もちょっとだけなら読めるから自分で読もうとする。

随分と成長した。

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でも、それなのに彼は人と会話することができない。
発達障害を抱えている。

絵本の会話のシーンは再現できてもそれを自分の言葉として相手に伝えることはできないのである。相手の言葉は理解しているようなのだが、相手から受け取った言葉に対して自分の言葉で何かを返すことはできない。

分かりやすい例でいえば、朝に横で目覚める息子に家族全員で「おはよう」とコミュニケーションを図ろうとしても、彼から「おはよう」と返ってくることはない。およそニコッと微笑むだけなのである。調子のいい時は「フンフンフーン♪」と鼻歌をうたうが、それは挨拶とはいえないものだ。

彼の中では『今日も起きたら目の前に家族がいて、自分に挨拶してくれている。うれしいな』と心の中で完結してしまうのだ。きっと同じ言葉を挨拶として返そうという選択肢が彼の中でまだ生まれていないのだろう。

来月で彼も6歳になるが、この調子だとおはようの挨拶が返ってこないまま誕生日を迎えることになる。よって、かれこれ2,000日以上「返ってこないおはよう」を彼にかけ続けている計算になる。

哀しくなることもある。

しかし、いつか挨拶が返ってくることを信じて、声をかけ続けるしか我々には選択肢はないのである。彼が幸せそうに微笑んでいる間はなんとか続けることができる。いや、たとえ微笑まなくても声をかけ続けるだろう。信じ続けるのが親の務めだから。

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しかし、言葉が出ないからといって、彼に感情や心が無いわけでは決してない。

むしろ、言葉が出ない分だけ自分の心に真摯に向き合っているような素振りを見せることもある。

以前に書いたこともあるが、息子が棒を振り回してお姉ちゃんのおでこに怪我をさせてしまった時、私は「こういう時はごめんなさいと謝るんだよ」と諭したことがあったが、彼は私の言葉を振りはらい、冷凍庫に向かい保冷剤を手に戻ってきたことがあった。

妻と顔を見合わせて驚いた。
言葉だけの「ごめんなさい」に彼は逃げなかったのである。

彼はお姉ちゃんが痛そうに泣いてるから、保冷剤でおでこを冷やそうと冷凍庫まで走ったのだ。そして、無言でそれをお姉ちゃんに差し出した。

もしも、言葉のコミュニケーションがスムーズで聞き分けがよく「ごめんなさい」の言葉が彼から出ていたとしたら、彼の本当の優しさを…その行動を私の手で潰してしまっていたかもしれない。

私は急に恥ずかしくなった。
365日、毎日顔を合わせて接していても彼のことを何もわかってなかったのである。

彼は何を考えているのだろう。土曜の夜、近所を散歩している時に彼の後ろ姿を見て、彼の発達障害について思いを馳せた。

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ところでなぜこんな話をしているのかといえば、先週ワタナベアニさんのTwitterスペースにお邪魔したときに発達障害を持つ息子の話題になったからだ。

私はスピーカーとしてリクエストを受けてそのスペースに参加していたのだが、たまたま別の部屋にいた息子がWi-Fiルーターに悪戯をしてしまいネットワークが不通になってしまうトラブルが起こった。

息子は最近電源を抜くという悪戯をよくするのだ。ちょっと迷惑な話だが、実はこれは嬉しい兆候でもある。息子から悪戯を通じてコミュニケーションを図ろうとしているわけだから、これは言葉が出てくるきっかけになるかもしれないアクションなわけで、親心としては悪戯されることはとてもウエルカムなのである。

Wi-Fiルーターを再起動させた私はスペースに戻るとアニさんに「すいません。息子がWi-Fiの電源抜いちゃって失礼しました」とペコリと謝り、会話を続けるあいだに自然と息子の発達障害の話題になっていった。

この話題、私にとっては日常の話であるが、アニさんにとってはそうではない…そのような訳で多少しんみりした形で会話は進むこととなった。

アニさんは数分の間この話を聞いてくれた。私はとても嬉しく思った。なぜならアニさんの話の聞き方がフラットだったからだ。憐れむでもなく、励ますでもなく、ただ話を聞いてくれた。それがただただありがたかった。

アニさんはその後のツイートで子どもの発達障害について「自分には何も話せないと思った」とおっしゃいましたが、私の心の救いにはなったことは間違いありません。それは話を聞いてくれたからです。

子育ては不安の連続だ。

不安は耐えることができるが、悲しみは耐えられないことがある。
一番の悲しみは息子の存在が腫れもの扱いされてしまうことだ。発達障害を話題から排除することは彼の存在を無視することになる。だから、聞いてくれる人の存在が何よりも大切だ。そして、アニさんはフラットに聞いてくださった。つまり話題を拒絶しなかった。

これは専門家の助けとは全く別次元の救いであった訳で、私は数日経った今でも感謝している。本当にありがとうございました。


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最後に、専門家の方に息子の相談をした時のエピソードを一つ紹介したい。
これは同じように悩める人に知ってほしいからだ。専門の窓口がどれほど心強いかという事実を。

私たち夫婦が相談しに行った先にいらした方は児童発達支援センターの園長先生で、小柄な女性だった。

初めての場所に息子は戸惑い固まっていたが、次第に緊張に耐えかねて大声で奇声を発するようになった。私は「静かにしようね」と息子を諭そうとした。

しかし、面談が始まると、そんな奇声を発し続ける息子に対して園長先生はひょいと彼を抱き上げるとこう息子に伝えた。

「大っきい声出せたね。えらいね!」

すると息子の奇声が止まったのです。そして信じられないことに園長先生の目を見てるんです。これがどれだけ凄いことか。

それまで息子は誰とも目を合わせたことがなかったので私たち夫婦は驚きました。そのまま園長先生は息子に目を合わせながらこちらに話しかけてくださいました。

「ほら!お父さん、お母さん、この子は言葉を持ってますよ。何かを伝えようとしてます。絶対にしゃべれるようになりますよ。」

今でもその言葉が忘れられない。本当に魔法のようだった。

一年後、息子は相変わらずしゃべらないが、ペンを持てるようになった。それまで絵に興味を持たなかったのだが、描くようになったのだ。

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ちょっとずつ遅いながらも成長している。
ようやくあじさいのように花芽が出てきたのかもしれない。

そんなことを思いながら私は息子と接している。

息子は今朝も目覚めると開口一番「ゴリラらら」と発した。全く意味は分からないが何かを思っていることは確からしい。

そこは「おはよう」と言うんやで。


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ここのコメントを目にしてくれてるってことは最後まで読んでくれたってことですよね、きっと。 とっても嬉しいし ありがたいことだなー