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仮面的世界【6】

【6】声=仮面をめぐって─仮面三態論(壱)

 これより旧仮面考の、引用と断想の未編集の織物を任意にひもとき、そこに書きつけた事柄、すなわち声・顔・身の「仮面三態」をめぐる‘考察’を素材として、新仮面考への序奏、あるいは助走を試みようと思います。

◎「語源からして」と川田順造は書いている。「ペルソナ(仮面)は、「音(声)によって」(per son)声を発している主体を認知させることにかかわっている」と。
 いわく、一、二、三人称のペルソナを「単子」として想定したコミュニケーションを純粋・標準とみるのは近代的偏向の所産であって、近代以前のペルソナは重層性をもち集合的な性格を帯びたものであった。

「ペルソナと語りの人称の融通無碍な性格が、能ほどあからさまな領域もないだろう。地が感情移入してシテの人称でうたったり、掛ケ合でワキとシテが融合するなど、人称の離合が自在であるだけでなく、死者や霊界、植物、動物、果ては雪や山の精と人間との主体の変換も、ごく自然に行なわれる。」(『聲』)

◎仮面とは穴を穿つもの、あるいは穿たれた穴そのものである。
 そこから音=声が発出する穴。風(精霊)の通い路。すなわち仮面とは「楽器」である。宇宙に飛び交う「音的存在」(「動き」そのもの、精霊的存在)を捕獲し培養し顕現させる「器」(霊的コミュニケーションの媒体)として、仮面は機能してきた。
 白川静によると「器」の字は、出陣に際して犬(その鳴き声が悪霊をはらう力をもつとされた)を供犠に供する儀礼をかたどった字形である。器には犠牲獣の血と断末魔の声が封じ込められている?

◎楽器をめぐる三つのギリシャ神話[*]。
 マルシュアースの神話に出てくるシカの骨で造られた二本の管のフルートとアポロンの(五弦の)竪琴。アポロンによって生皮を剥がれたマルシュアース。パノプテス(アルゴス、神の不倫の一望監視者)を眠らせたヘルメスのパンの笛。ヘラによって剥ぎ取られたパノプテスの百眼の皮膚。

「音響的空間は、最初の心的空間である。(略)音響の空間は…洞窟のような形態を取る。胎内や口腔-咽喉のように空洞になった空間なのである。…その内部がざわめきと反響と共鳴とに満ちあふれている広がりである。聴覚的な共鳴という概念が、…心理学者や精神分析者の集団には人間同士の無意識的な交流のモデルを提供したということは決して偶然ではない。それ以後子供がつぎつぎと住むようになる別の空間、つまり視覚的空間、視覚-接触的空間、運動的空間、そして最後に書記的空間等々は、自分に属するものとそうでないものとの相違、「自己」とまわりの環境との相違、「自己」の内部での相違、環境の中にある相違等々を子供に教えていく。」(ディディエ・アンジュー『皮膚-自我ディディエ・アンジュー『皮膚-自我』,福田素子訳)

・アポロン由来の(七弦の)竪琴を奏で、エウリディケーの名を歌うオルフェウス。オルフェウスによってソフト(名=墓碑銘、影、イメージ)からハード(肉体)へと変換されるエウリディケー。トラキアの女たちによって引き裂かれるオルフェウスの肉体。

「音楽はソフトをハードに変えようと試みる。(略)招魂とはすなわち、何かが、あるいは肉が、声から出てくることなのだ。」「オルフェウスは祈願し、彼の声と弦は振動する。彼は呼び、叫び、歌い、しきりに呪文を唱える。彼は音楽を作曲し、エウリディケーを組み立てる。」(ミシェル・セール『五感』,米山親能訳)

◎建築物には必ず穴(窓)がある。穴を通じて区別された空間が(あるいは異なるペルソナが)邂逅する、交通する、溶融する。これもまた仮面の機能である。
 銅鐸、梵鐘は下方に穴を穿ち、陶器は上方に穴を穿つ。いずれも仮面である。そこでは空間が捻れる、あるいは精霊が交通する場が創られる。

[*]少し先走るが「身」としての仮面の観点から「三つの楽器─仮面の三つの形態」を箇条書きにしておく。

①骨=笛
 ・管と穴、そしておそらく舌=膜をもつ笛(共鳴盤)
 ・マルシュアースの神話に出てくるシカの骨で造られた二本の管のフルート
 ・アポロンによって生皮を剥がれるマルシュアース
②筋=琴
 ・一次元の糸=弦(筋)を張った琴
 ・アポロン由来の(七弦の)竪琴を奏で、エウリディケーの名を歌うオルフェウス
 ・トラキアの女たちによって引き裂かれるオルフェウス
③皮膚=鼓
 ・無数の窪み(眼差しの集積盤)をもつ高次元の皮膚
 ・パノプテス(アルゴス)を眠らせたヘルメスのパンの笛
 (眼差しの集積盤に対する共鳴盤の勝利)
 ・ヘラによって剥ぎ取られたパノプテスの百眼の皮膚。

 パノプテスの百眼の皮膚は孔雀の羽根にかぶせられ、誘惑の「しるし=記号」となった。それはもはや仮面ではない。少なくともそこには(一説では「マスク」の語源に関係するとされる)邪悪な眼差し=邪視は介在していない。邪悪な眼、すなわち捕食者の眼?

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