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仮面的世界【22】

【22】仮面の記号論(基礎)─パースのパースペクティヴ・前段

 かつてパース記号論に心躍らせていた頃、基本書となった米盛裕二『パースの記号学』(1981年)や『パース著作集2記号学』(内田種臣編訳、1986年)とは別に、いまも尾を引く深甚な刺激と影響を受けた三冊の書物から、そのエッセンスを、というより強く記憶に刻まれた個所を抜き書きして、狭義の仮面記号へ向けた助走を完遂します。
(瀬戸本は当初、河本本と同じ海鳴社のモナド・ブックスから刊行された『レトリックの宇宙』(1986年)で読んだ。その後『認識のレトリック』に改訂増補版が収録されたので、引用は後書からとした。)

  3.パースのパースペクティヴ

(1)河本英夫『自然の解釈学──ゲーテ自然学再考』(1984年)

 その1.原型
 ゲーテ自然学の核心をなす「原型」について、河本氏は次のように書いている。

《動物を例にとるなら原型とは「全動物の形態をできるかぎりそのなかに包摂できるようなものであり、動物一匹一匹を一定の順序にならって記載できるような普遍的形象」のことである。特定の典型例の中に読み込まれたこのような原型をもとにして、植物や動物総体の展開系列をつくり出そうというわけである。近接する諸部分は互いに形態を異にしていながら、近親関係がある。葉、萼、花冠、花糸のように相つづいて展開する部分は、すべて外見上異った形態ではあるが、「類似した相違」として関連づけられている。同一の器官が多様に変化してみえる作用が、かの「メタモルフォーゼ」と呼ばれるものである。》(『自然の解釈学』18-19頁)

 ここに出てくる「類似した相違」はヤーコブソンの「結合(combination)」の軸に、メタモルフォーゼ」は「選択(selection)」の軸にそれぞれ対応する。(私の直観はそう告げる。)

      【メタモルフォーゼ】
          ┃
          ┃
          ┃
          ┃
          ┃
          ┗━━━━━━【類似した相違】

 その2.分類学とその比喩的表現
 リンネの分類学と、原型を媒介とするゲーテの分類学の違いは、二つの比喩的表現の様式によって説明される(22頁)。

 ◎リンネの分類学:「換喩(metonymy)」
  ・ある個体の一部分(例:雄蕊)の名称や数量によって個物全体を置き換える。
 ◎ゲーテの分類学:「提喩(synecdoche)」
  ・個体の部分(例:顎と歯と腸と足)の意味連環を「型」によって代表象する。

 リンネの分類法(換喩的表現様式)は結合(連辞)の水平軸にかかわり、ゲーテの分類法(提喩的表現様式)はおそらくこれと同じ水平軸においてその方向を逆にする。(私の直観はそう告げる。)

(2)瀬戸賢一『認識のレトリック』(1997年)

 その1.比喩の三つ組
 瀬戸氏の議論の要約。──広義の換喩(メトニミー)に分類される比喩表現のうち、(西欧中世の普遍論争にもかかわる)類と種の論理的関係に基づくものは提喩(シネクドキ)である。したがって、狭義の換喩は「現実世界」(仮構された世界を含む重層的な世界)におけるモノ(個物)とモノ(個物)の時間的・空間的な「隣接関係」にかかわり、提喩はカテゴリーとしての「意味世界」(概念と論理の世界)における「類-種」の「包含関係」にかかわる。これに対して、隠喩(メタファー)は現実世界と意味世界のそれぞれに属し、新たな「類似関係」の発見=創造を介して両世界を結び橋渡しをする[*]。

         【隠喩】
         類似関係
          ┃
          ┃
     意味世界 ┃ 現実世界
          ┃
          ┃
 【提喩】━━━━━┻━━━━━【換喩】
包含関係           隣接関係

[*]『認識のレトリック』から、メタファーについて書かれた文書を引く。

《カテゴリーとしての意味世界は私たちの内にあり、モノとモノとが隣接する現実世界は私たちの外にある。その両世界を結ぶメタファーは、私たちの身体によって仲立ちされる。知覚感覚器官が体表あるいは体表付近に張り巡らされた身体をもって、私たちは外の世界と対面する。境界に立つ身体は、外部世界と直接に接することによって、新たな類(似性)を発見=創造し、世界の新たな分類と再分類を行う。身体的知覚によって区分された世界は、言語表現を与えられて、意味世界に向う。メタファーは内の世界のカテゴリーと対面するとき、固定的な意味関係に振動を与え、惰性的な意味を活性化し、意味の再布置化を行う。私たちは、こうしてできたことばの新しい網目を持って再び世界と対峙する。その網目を通して世界を眺め直す。メタファーは世界を開き、意味を生む。
 メタファーは、また、これと逆方向の働きも示す。右に述べたメタファーは、主として身体的知覚の仲立ちによって現実世界から意味世界へ向う。これは「感性的メタファー」と呼んでよいだろう。「感じる」メタファーである。他方、メタファーには、主として意味世界の内部で相互に隔たったカテゴリー間に類似性(あるいは関数的な対応関係)を発見するもうひとつの類がある。これは、意味世界から発して現実世界を眺め直そうとするものであり、「悟性的メタファー」と呼んでよい。悟性的メタファーは、「案じる」メタファーである。反省的・思索的色彩が濃い。たとえば、「明るい未来」の「明るい」は感性的メタファーであり、「時は金なり」の「金」は悟性的メタファーである。》(『認識のレトリック』197頁)

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